シナリオ・センターでは、ライター志望の皆さんの“引き出し=ミソ帳”を増やすために、様々なジャンルの達人から“その達人たる根っこ=基本”をお聞きする公開講座「ミソ帳倶楽部 達人の根っこ」を実施しています。そのダイジェスト版を『月刊シナリオ教室』よりご紹介。
今回の達人は映画監督の矢口史靖さん。映画『ロボジー』の公開を記念してお越しいただきました。『ウォーターボーイズ』『スイングガールズ』などなど、観れば笑えて元気になれる矢口映画の世界。どのように発想し、取材し、シナリオを書き、完成まで至ったのか、お話しいただきました。
『ロボジー』誕生秘話 ズレればズレるほど面白い
この話を思いついたきっかけですが、最初からロボットとおじいちゃんを掛け合わせる、という発想があったわけではないんです。
ロボットに関しても、子供のときからロボットが好き、というようなことはなかったんですが、1996年に大事件がありました。
知っていますか?
本田技研が二足歩行ロボット「P2」を発表したんです。
今では二足歩行ロボットは当たり前かもしれませんが、当時は大ニュースだったんですよ。衝撃を受けました。でもインパクトが強すぎて、映画とは結びつかなかった。
10年くらい後に登場したASIMOを見て、その時に映画と結びついたんですね。「あれは絶対子供が入ってる!」というほどASIMOは自然な動きをしていた。
でも、真っ当にロボットを開発する話じゃ、映画としてはどうかなと。だけど、ちゃんと作れなかった人たちが、中に人を入れて誤魔化す話ならどうだろう、絶対に面白くなると思いました。
一番最初にプロットを書いたのは2006年で、『ハッピーフライト』の前です。その時点で、「家電メーカーのダメ社員3人が、誤魔化すためにおじいちゃんを入れる」という基本的な構造はできていました。
僕が今まで手掛けた映画で言えば、シンクロもジャズも似合わなそうな人がやるから面白い。物語上でも、「なんで私らがそんなことしなきゃいけないの?」というズレが生じ、ズレればズレるほど面白いだろうと。
だから、ロボットからなるべく遠い存在を探して、おじいちゃんに行きつきました。
取材とキャラクター設定 孤立しているおじいちゃん
ロボットの取材は、実は2004年から始めていました。一度ちゃんとしたシナリオの形にして、アルタミラピクチャーズの桝井社長に提出し、何度か会議を重ねましたが、「これは一旦保留」という結果になりました。
桝井さんから「保留」と言われたら、実質的には「ボツ」なんです(笑)。
何が問題だったかというと、ロボットとおじいちゃんのハイブリッドというアイデアは面白いが、それによって何を描くのかというテーマが明確でなかった。
その後『ハッピーフライト』を撮り、公開が済んで一段落した後に、僕はまったく別の話を書いて、打ち合わせの会議に台本を持っていったんですね。すると会議室の机の上に、ロボットのプロットが置いてある(笑)。
「あれ? 書いてきた台本は……」と尋ねると、「それはいいから、ロボットやろう」と。
「もっともっともっともっと頑張ると面白くなるから、書き直してみない?」と桝井さんに言われて、「今『もっと』って何回言われた?」。
相当頑張らないと面白くならないということは自分でもわかりました。そこから大好きな取材を始めることになります。
まず訪ねたのは、ロボットを作っている企業とか、ロボット研究をしている大学の理工学部。もちろん映画の内容は伏せて(笑)。
「おじいちゃんを中に入れるなんてとんでもない!」と怒り出しそうな立場の人たち、つまりちゃんと研究したり、作っている人たちの話を聞きたかったわけです。
それと並行して、おじいちゃんの話も聞きたいと思い、シルバー人材センターにも伺いました。
すると、年金で暮らしていけるのに、まだまだ働きたいという独居老人が多い。現役時代は立派な仕事をしていた方々が、新たな技術を身につけようと訓練に励んでいる。
そんな話を聞いて、これはおじいちゃんとロボットを掛け合わせるという面白さだけでなく、十分に深いところまで描けそうだなと気づきました。それ以降、直していくにつれて段々内容が良くなっていきました。
最初は、主人公の鈴木というおじいちゃんは引退後も仕事をしている設定だったんです。それを、ヒマでしょうがない、しかも家族ともうまく付き合えず孤立している人物に変更しました。
身分を偽って世間的にはヒーロー扱いされるという点では、タイガーマスクに近いのかな。ロボットを着ることによって、家族との愛情を取り戻していく。『ロボジー』だからこそできる絆の再生物語です。
ロボット開発チームの3人は、割と早い段階でキャラが出来上がっていました。逆に、吉高由里子さん演じるロボットマニアの女子大生・葉子は、ギリギリまで存在しませんでした。
田畑智子さんの演じたケーブルテレビのディレクター・弥生が、ロボット博で助けられ、疑いを持ちつつ開発チームを危機に陥れることにしていたんですが、かなり憎らしい役になってしまった。ストーリーは転がっていくものの、「こんな人いなきゃいいのに」としか思えなかったんですね。
そこで、その役を分裂させて、ニュー潮風の疑惑を突き詰めていくのを弥生に、ニュー潮風を大好きになってしまうのを葉子に役割分担させたら、どっちのキャラクターも好きになれたんです。
矢口流シナリオの書き方 直しを重ねてからハコ書
僕は最初に勢いに任せて台本を書いちゃうんです。どんなにいびつになろうが、クライマックスも決めずに書く。
『ロボジー』では、開発チームの3人の前に、針のむしろがレッドカーペットのようにクルクルと敷かれていくように、どんどん状況が悪くなっていく、その面白さで書いていったわけです。
「これって面白いじゃん」ってワクワクしちゃうと止まらない。
そんな風に書いて一発で上手くいくわけはないけれど(笑)、とにかくエンドマークまで突っ走る。途中で手を止めてしまうと、熱が冷めちゃうので。
そうやって最後まで書いた後、まず奥さんに見せます。「クライマックスがまったくダメね」などとかなりキツいことを言われる。軽く受け流しますが、内心はズタボロですよ(笑)。
直しを重ねていくと、そのうち台本の何が問題なのかわからなくなってくる。
そこでハコ書を作るんです。流れを書いた紙をつないで巻物状にし、全体のバランスを俯瞰で眺める。
「ここで盛り上がって、ここで収束する」という感じで眺めて、時にはハサミで切って順番を入れ替えたりもします。そしてハコ書に従って台本を書き変えるんです。今日パソコンを開いて何稿まで書いたか調べてみたんですが、数えきれませんでした。
『ロボジー』はストーリー的には割と王道かもしれませんが、僕はシナリオのセオリーはあまり気にしない方です。世に流通しているシナリオと違う方が面白いと思うんですよね。
大事な事は、誰も気が付かないことに気付けるかどうかだと思います。
■YouTube
ALTAMIRAmov 映画「ロボジー」主題歌 MR. ROBOTO by 五十嵐信次郎とシルバー人材センター より
映画監督の根っこ もっと笑わせたい
僕はいわゆる映画少年ではなくて、大学も絵で受験して、自分は絵でやっていくんだろうなと考えていました。
入学後に映画研究会に入ったら、学生たちがたくさん映画を撮っている。「映画って観るだけじゃなくて、自分で撮っていいんだ」と目からウロコでした。
そこで1年生の頃から8ミリフィルムで映画を撮り始めた。だから「あの映画監督みたいになりたい」とか「プロの映画監督で食っていきたい」という大きな目標は持ったことがないんです。
8ミリだと小さいスクリーンでしか上映できない。PFFのコンクールでグランプリを獲ると16ミリフィルムで製作させてもらえると知り、2年以上かけて完成させた『雨女』を出品。
グランプリを獲り、念願の16ミリで撮ったのがデビュー作の『裸足のピクニック』です。
ここで初めてプロのスタッフが入ってきて、スケジュールを組むにもシナリオが必要だと知りました。台本がなければ何も始まらないので、慌てて付け焼刃で勉強しました。
作品が劇場で上映されると、それまで大学で掛けていたのとは規模が違ってきます。そうすると、喜んでくれる人の幅も広がるけれど、「お金払って損した」と怒られる幅も増えます。
環境がまったく変わってしまったんですが、それが面白い。コテンパンに言われるほど、次はもっともっといろんな人を面白がらせる映画を作りたいと欲が湧いてきました。
もっとビックリさせたい、もっと笑わせたいという自主映画時代の気持ちが、今も続いているという感じです。
映画館で観て、「わぁ!面白い!」と自分が思えるかどうかが重要です。
僕は、脚本は映像を頭に浮かべて書いています。映像にならないことは書けない。僕は文学としての脚本は書けません。
脚本とは、映画の設計図だと思っています。
映画が面白く表現できるなら、極端な話、脚本がなくてもいいと思っているくらいです。ジャンルはこだわっていませんし、面白ければ他の脚本家さんが書いた台本でも撮ってみたいという気持ちはあります。お客さんに見せるべき面白さがあれば、時代劇でも恋愛ものでも挑戦したいです。
いいシナリオがあれば、滅多なことではひどい作品にはならないけれど、ホンが悪ければいい映画はできません。
「シナリオ・センターの生徒にこんなにいいホンを書かれちゃって、しかもそれを自分が撮れなかったんだ」って、脅かして下さい。
出典:『月刊シナリオ教室』(2012年4月号)より
ダイジェスト「THEミソ帳倶楽部 映画監督の根っこ~映画『ロボジー』ができるまで~」
矢口史靖さん
2012年1月24日採録
※こちらのブログも併せてご覧ください。
▼映画『サバイバルファミリー』ができるまで/矢口史靖監督に聞くシーンの作り方
▼映画『サバイバルファミリー』/矢口史靖監督はどうやってシーンを作っていくの?
▼矢口史靖監督流 ミュージカル映画『ダンスウィズミー』が出来るまで
プロフィール:矢口史靖(映画監督)
映画『裸足のピクニック』(1993)で劇場映画監督デビュー。『ウォーターボーイズ』(2001)で日本アカデミー賞優秀監督賞と脚本賞、『スウィングガールズ』(2004)では同最優秀脚本賞を受賞。そのほか、『ハッピーフライト』(2008)、『ロボジー』(2012)、『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』(2014)、『サバイバルファミリー』(2017)、『ダンスウィズミー』(2019)など話題作多数。
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