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映画『 サバイバルファミリー 』ができるまで/矢口史靖監督に聞くシーンの作り方

2017.02.20 開催 THEミソ帳倶楽部「映画『サバイバルファミリー』を撮って―矢口流シーンの作り方―」
ゲスト 矢口史靖さん(映画監督)

シナリオ・センターでは、ライター志望の皆さんの“引き出し=ミソ帳”を増やすために、様々なジャンルの達人から“達人たる根っこ=基本”をお聞きする公開講座「ミソ帳倶楽部 達人の根っこ」を実施しています。そのダイジェスト版を『月刊シナリオ教室』(今回は2017年6月号)から。
矢口史靖監督の映画『サバイバルファミリー』の公開を記念して実施した模様をご紹介。映画『サバイバルファミリー』についてお話いただきました。また、オリジナル脚本を自ら執筆し撮影する矢口監督に、発想からプロット、シナハンのやり方や面白いシーンの作り方、作り手側と観客との関係性についてもお話しいただきました。脚本家になりたいかた、映画監督になりたいかた、矢口流の作り方を是非参考にしてみてください。

『 サバイバルファミリー 』発想のきっかけ

この映画についてあちこちで取材を受けてますが、発想のきっかけは、たいていの人は東北の大地震だと思っている。でもまったく関係ないところからこの映画はスタートしました。

2001年に『ウォーターボーイズ』が公開されて、その次何をやろうって考えたのが、この世から電気をなくしてしまうという話でした。だから発想はかなり昔です。

きっかけは、僕の家にパソコンが来て、カミさんには「携帯電話持ってて」と言われて渋々持つようになったんですが、機械が苦手な僕は、PC の使い方もカミさんに教えてもらわないとできません。

いまだにスマホも使いこなせないので持っていない。回りの人たちがどんどん新しい機器を使いこなして便利になっていくのに、自分だけが取り残されたような気がして非常に悔しかった(笑)。

これは逆恨みでしかないんですが、いっそ電気なんか消えちゃえばいいのに!って発想が飛んで、思いついたのがこの話でした。

最初にプロットを書いたのは2002年くらいで、2003年に北米で大停電があった。覚えていらっしゃる方もいると思いますが、カナダのほうまで結構広い範囲で停電があり、マンハッタンなんてビルのエレベーターも動かない、明かりもつかない、エアコンも止まってる。

真夏で部屋にもいられないけど電車も動かない。歩いて帰るしかなくて、真っ暗な中を大勢の人たちがブルックリン橋とかゾロゾロ歩いているのがニュースになって、スゴく不気味な映像でした。

それを見て、都市部って電気がないだけで脆くも崩れていくのが非常に映画的で魅力を感じて、映画にしたいとアルタミラピクチャーズの桝井省志社長にプロットを提案したんです。

「面白いんだけどなかなかむずかしいよね」という返事でした。そうだろうと思ってました。規模が大きすぎるしSFなんですね。『ウォーターボーイズ』で、せっかくあれだけ青春路線で人気を集めて、お客さんも喜んでくれたのに、生死の境をさまよう家族の話。しかも莫大に予算がかかりそうなことを、さあ、やりましょうっていうふうにはならなかった。

このプロットに『大停電』っていうタイトルをつけていたんですが、『大停電の夜に』という映画が公開されるという情報があって、もう同じことを考えている人がいる、じゃあ、違うことやりましょうと『スウィングガールズ』を撮ったんです。のちに『大停電の夜に』を見たら、こちらの発想とはまるで関係なかったんですですが。

震災に対する意識の変化

その後も企画会議があるたびに、『ハッピーフライト』の時も『ロボジー』の時も、「あの電気のやつってどうですかね」って言ってみるんですけど、「まぁ、そのうちね」みたいな感じでした(笑)。

『WOOD JOB!』という木こりの映画を別の会社で作ったあと、アルタミラでの企画会議に出た時に、なんと、アルタミラ側から電気のやつやりましょうと言っていただいたんです。僕にはそれは意外でもありました。

というのは、東北大震災でたくさんの方が亡くなって行方不明者もたくさん出て、被災者も大勢いるという状況でした。地震と津波と、あと原発がどれほど恐ろしいのかっていうのが、日本だけでなく世界に浸透しました。

だから震災直後はあの企画が浮上することはもう絶対ないだろうと。あまりにも被災した人たちの痛みが大きすぎて、SFであるにしろ、そこに映る描写は似たようなシチュエーションが多くなるので、二度と作れないだろうと思っていました。

でも地震から2年くらい経ってみると、被災しなかった人たちの、地震とか備蓄とか災害に対する意識が、驚くほど早く薄れていくことに気がつきました。やっちゃいけないんじゃないかって思ってたけど、もしかしたら、今やらなきゃいけないんじゃないかという意識に変わったんです。それで、なんとか製作に漕ぎ着けることができました。

プロットから映画完成まで

何稿かプロットを書いたところで、シナリオにしてくださいと言われてシナリオにしました。たぶんプロットの状態だと、どれだけ大変なことをしようとしているのか判然としないなんです。

本気でやりたい部分と、そこはなくてもいいかという部分がわからない。でもシナリオには、羽田空港もいかだのシーンもあり、東名高速を自転車で走るシーンも、そのまま入っていました。

桝井さんはいつも「面白い、これやろうよ、やれるようにしといてね」って、現場プロデューサーや制作部の方々に無茶ぶりをして放り投げちゃう方なんです。実は僕もそこを頼りにしている(笑)。どんなに大それた内容を書いたとしても、「撮れるんだったら撮ろうよ」って言ってくださる方なんです。

だけど、僕と桝井さんの間に入った制作部の方々は「こんなシーン撮れるわけないよ」と思うわけです。4人家族が自転車に乗って、東名川崎からインターに入って東名高速を名古屋に向かうって台本に書いてあるけど、普通に考えると撮れる訳ない。

デジタル技術がどんどん上がってきているので、たぶんスタッフは皆、ここは合成、ここはスタジオでグリーンバック、人物だけ上手く合成素材撮って、背景CGか本物の景色を写真に撮って、人物をはめ込むとかの計算をしたと思うんです。

あるいはお腹が空きすぎて豚を捕まえるっていうシーン、タレント豚っていないんです、タレント猫とかタレント犬っているんですけど(笑)。豚を役者さんが直接捕まえることは危なくて出来ないだろう、じゃあ、吹き替えでとかいろんな計算が働いたと思いますが、全部ロケでやりたい、ちゃんと役者に演じてもらいたいって、僕が言い出した。

聞かれたから言ったんですよ(笑)。聞かれないのに、こっちから言っても「そんな映画撮れる訳ないじゃん」って言われて進まなくなくなっちゃうので、ある程度、ここから引き返せないよなっていうくらい進んだ段階で、「オールロケで」って白状しました(笑)。

それで実際にロケ地を探したり、合成なしにどうやって撮ればいいんだっていう段取りを作る方々の、地獄の旅が始まることになりました(笑)。普通は脚本家と監督がいて、絵コンテを書く方がいてと分業していった場合、おそらくこういうことはないと思うんです。

もし制作部さんが「ロケ場所、結局見つからなかったんですよね、合成しかないですよね」って話になるのであれば、そこでこの映画をナシにしようと思っていました。合成なんかやったら絶対面白くない。

都市部に住んでいる一介の、まったくサバイバルなんか経験したこともないような普通の一家が、それイコール観客ですけど、自分たちの目で目撃しながら、とんでもない旅をし続けて、本当に自転車で東名を走ったら、きっとこんな気分なんだろうって思ってもらえなきゃしょうがない訳です。ストーリーの説明さえしてあればいいってことではない。

行ってはいけないところに自転車でビューって入っていく解放感をどうしてもやりたかった。それだけじゃなく、閉まっている料金所のゲートの真ん中を「入っていいのかな?」と不安顔のお父さんと、別にそんなの気にしてない娘たちが通って行く、みたいなことをちゃんとやりたかった。このシーンは富士スピードウェイの入り口を飾って撮ったんですが、映画全体からすれば数秒のシーンに、金が掛かりすぎやしないか?となりました。

そこで僕は事前に絵コンテを描きました。ゲートの正面はカメラを地面に近い位置に置いて、横位置と縦位置はこっちから、全部で4カットだけ。それ以外は絶対撮らないです、と。そうすると奥は全然飾らなくてもごまかせる。そうしたら「ホントだ、できる」ってことになって実現しました。絵コンテが描けるって、こういう時に便利です。

アンケート上で死んでいた若者たち

プロットから脚本にする間にいつものごとくいっぱい取材をしましたけど、取材の前にアンケート調査というものをやりました。20代から50代オーバーの方々で、映画の内容をまったく知らない人たちにアンケート用紙を配った。

質問は1個だけなんです。「ある朝、目が覚めると、電気で動くものがすべて使えなくなっていました。あなたはどうしますか?」と。その紙の一番下に「回答し終えるまで、めくらないでください」って書いてあって、4、5枚の冊子になっているアンケートなんです。

それを渡された方々は、「スマホを使えなくて不便」とか、「電車も動いていないんだったら、どうやって会社へ行こう。いちおう自転車借りて会社まで行く」とか、「LINEが使えないって不便だけど、ちょっとラクかな」みたいな結構軽めの回答が書いてある。

それをめくるとですね、「3日後、状況は一切変わっていません。あなたはどうしますか?」と書いてあるわけです。それが、1間後、1ヶ月後、1年後と長期化していくというアンケートです。めくるまで、まさかそんなに長く電気が通じないなんて思っていない人たちが、だんだん危機感を覚えていくという、へんてこなアンケートを作った。

結果、スゴく面白いことが起きました。1ヶ月を境目に若い人は全員死んでたんですよ(笑)。「私、天国から、皆さんの姿を見てます。頑張ってください」とか、「自分の部屋でたぶん孤独死してます」とか、それは20代の若い人ばかりでした。

年が上に行けば行くほど「釣りが得意な友達と海辺で暮らしてます」とか、「学校のグラウンドを耕して畑にして何か植えてます」、「親戚を訪ねて自給自足の暮らしをしてます」と何とかして生き延びようとしている。でも若い人ほど軒並み死んでいる。

この結果を見て、そうかデジタルネイティブな人たちほど、スマホが使えなくて情報が一切入ってこない、電気が使えないのも自分の町だけなのか日本全国なのか、世界なのか範囲もわからないし、いつまで続くかまったく見当もつかない。

物流も止まっているから食料も水も来ないまま1ヶ月も続いてもなぁって、きっと死ぬだろうと自分で諦めてるんです。自分が生きている姿を想像できないというのが結構怖くて……。反対にお年寄りは都市部を離れ、なんとか生き延びている。この差が面白いと思いました。

アウトドアも経験したことのない普通の電気生活をしている家族が生き延びるために、どこを目指せばいいのか。日本の端っこの田舎で、釣りができて畑もあって、わき水も出て、トイレも汲み取りのようなところなら生き延びられる。そこを目指したら面白いんじゃないかと、そのアンケートの結果からストーリーの構成を考えました。

シナリオハンティング

そのあと、ガス会社、水道局、サバイバル研究家、銀行、通信会社、いろんな方々に取材しました。それから車でスタッフ2人と僕と3人で、鈴木一家はこういうコースで西へ行くんじゃないかっていう道をシミュレーションして、移動していきました。

東京を出発して羽田空港に行き、川崎から高速に乗って、静岡あたりで食料なくなって、高速を降りたりしてみてっていう旅をしていった。その旅の途中で、きっと水はこの辺でなくなる、食べ物もない、売ってるはずはない、さぁ、どうしようという条件つきで探して、ホームセンターである物を見つけました。

バッテリー補充液というヤツです。本来カー用品なんで、誰も手をつけていないはずだという想定で、バッテリー補充液を手に取りました。「精製水」とは書いてある。不純物は0パーセントの水。ただし「飲まないでください」とも書いてある。さぁ、どっちなんだろうということで、3人で回し飲みしました。

お腹が痛くなったら映画に使えないけど、そうじゃなければ採用できる……。1日経っても平気だったんですよ。だから映画の中に登場してきます。猫缶にしてもそう。雑草の食べられる食べられないというのも、川口拓さんというサバイバル研究家の方に聞いて試食しました。そうやって旅の最中に集めたアイディアがシナリオのもとになっていきました。

「日本坂トンネル」は東名の中で一番長いトンネルで2キロ以上ある。走っている最中に、当然、入口も出口も見えないところまで来る。「電気がないとどういう状態でしょうね」っていう話になって、「それは真っ暗ですよね」「一本道でも怖くて通れない」ってことで思いついたのが、『全盲ズ』と名付けた目の不自由なのおばあちゃんたち。トンネルの橋渡しをする案内役で商売している。放送コードとか監査に引っかかるかもな……でも面白いんだからしょうがない。と書いていきました(笑)。

山口県でSLやまぐち号を直に見たら迫力があってカッコイイ。ヒーローみたいに使いたいって思わせるだけのインパクトがありました。SLやまぐち号に乗るために3、4回、山口まで通いました。

SLは窓を開けっ放しでトンネル通ると、煤で顔が真っ黒になったよねってよく聞きます。じゃあ、本当かどうかやってみようとなって、普通にお客さんとして乗って、トンネルに入るたびに窓を開けて顔をさらしてみました。

車掌さんが来て、「閉めてください」って怒られるんで、「すみません」って閉めるんですけど、車掌さんが行くとまた開けて、ずっとやってたら本当に僕の顔が黒くなりました。

でもほかのお客さんがものすごい迷惑してたのを、トンネルを出てから気がついて申し訳ないと思いました。そんな旅を経て徐々にシナリオができていきました。

吹き替えなしの豚のシーン

食べ物がない時には何を捕まえた採取したらいいのか、先ほど話した川口拓さんによると、虫とか素早く動く動物を獲るために、食べる分量より消費するエネルギーのほうが多い場合は命取りになるというのを聞きました。簡単に捕まえられるもの、ほとんど動かずにとれる物となると、雑草が一番いいんじゃないかってことでした。

ただ、鈴木一家の目の前には、あんな旨そうな豚が現れたんです。捕まえますよね、捕まえさせたい。ニワトリなんか素早い割に食べられる部分は少ない。エネルギー消費が大きすぎるし、見栄えとしてもあまり面白くない。やはり豚です。空手の大山倍達が主人公なら牛にしますけど、鈴木家ですからね、豚が相当じゃないかと思います(笑)。

でも豚があんなに大きいとは思ってなかった(笑)。直に見ると相当大きいんでビビリましたけど、俳優さんたちですよね、やはり。台本には書いてあるから覚悟もしていたと思うんですが、合成とか吹き替えとか、作り物みたいなことも最初は思っていたかもしれない。

でもクランクインして撮影が進むうちに、この監督は全部本物でやる気かもって、だんだんキャストの皆さんも嫌な予感が的中してきて(笑)、豚もきっと来るんだろう、イモ虫も掴まなきゃと、うすうす勘づいていたみたいです(笑)。

豚を捌くシーンは、お腹を切り開いてもらうところまでは、専門の方にやってもらいました。庭に置いてビニールかけて、俳優さんたちが来て、じゃあ始めますってバっとビニールを取って、そこからカメラが回るという形でした。

臭いもかなり強烈ですし、お肉を普段食べていても、捌かれて開きになってる豚を直に見るとショックなんですよね。でもそれもありだという撮り方をしました。「残酷、気持ち悪い」から「美味しそう」に変わっていく瞬間を俳優さんも味わってるし、それがそのまま写っていて観客も味わうという、そういうものが撮れたかなと思います。

お客さんの反応で気づかされること

伏線は前もって計算があるわけではない。ほかの監督さんは違うかもしれませんが、僕は映画の中に描かれているアイディアやセリフ、観客を魅了するシーンって、実はあまり意識していない。結果的にお客さんが「そこが好き」って言ってくれて「そうなんです」って口裏をあわせているだけかもしれません。

お客さんが笑ったり泣いたりしてくれて、「あ、ここって、そんなにいいシーンだったんだ」「このシーンって映画の中の大きな曲がり角だったんだ」と、後から気づかされることは多いです。

いくら作り手がわかってほしいとか見てほしいとか、見どころはここだと思い込んでいても、それがお客さんに届くかどうかは別物。こちらの想定とはまったく違うところで観客はハッとしたり感動してくれたりする。脚本の段階でも、撮影でも編集でも、作っている間にだんだんと形が見えてくるんです。

例えば通天閣でのシーン、大阪にたどりついたけど食べ物も飲み物もない。電気もない。子どもたちが怒ってお父さんに食ってかかる。お父さんが怒りだすとお母さんが、「そんなこと、とっくにわかってたでしょ。お父さん、そういう人なんだから!」って我慢していたことをつい言っちゃう。

あのシーン、相当な人が笑ってるんです。あそこ悲劇のつもりです。こんなこと言われたら生きていけないと頬を濡らしながら書いたシーンなのに、お客さんは大爆笑。それはもしかしたら女性がメインで、おじさん方は、グサっときてるかもしれませんが(笑)。

もう1つあります。いかだで川を渡っているときにお父さんが流されて、その証拠として息子がカツラを見つけてくる。お母さんと妹と3人で川原で泣いちゃうというシーン。皆さん笑ってくれるんですが、あそこも頬を濡らしながら書いたんです(笑)。

それまではお父さんはカツラに執着して、こんなに大変なサバイバル生活をしているのに、いつまで被ってるんだ、と家族も観客も思う、そういうアイテムとしてずっと被っている。だから笑いのアイコンとして常にそこに存在していたんですが、河原のシーンではお父さんの死を告げる証拠となる。この大きな矛盾を観客はどう思うのか、僕としては背中がゾクゾクするような新しい試みでした。

実はカツラというのは最初の台本にはありませんでした。クランクインまでに何稿か書き直していくうちに、プロデューサーチームから指摘されたんです。お父さんは流されて死んでしまった。だからその場を立ち去らなきゃいけない。でも家族が踏ん切りをつけるためには何か要るんじゃないかと言われて、僕もそう思いました。

最初は眼鏡とかハンカチとか考えたんですが、普通だよな。ああ、カツラだ、カツラが流れ着く。笑っていいんだか泣いていいんだか分からない悲劇のシーン。で、台本上カツラを前の方に、いろんなシーンにズラしていって。いやカツラをズラして、ということではなく(笑)。これが伏線というやつですね。

寒かった天竜川での撮影シーン

いかだのシーンはストーリー上、夏なんですが、実際の撮影は11月末でした。スケジュール上そうするしかなくて、静岡県の天竜川で撮影しました。冷たい川に俳優さんに入っていただいて何かあったらいけないので、ロケの3日くらい前に桝井社長と俳優事務所の社長が実際に川に入りました。その日はポカポカとした水泳日和の良き日でした。「全然大丈夫、この川なら行ける」とゴーサインが出た。

ですが撮影の日、天気が悪くて水温が7度。衣装の下にウェットスーツは着てもらいましたが、衣装から見えちゃいけないから、首回りとか袖口とかなるべく短くしたウェットスーツを着ている。着たことある人ならわかると思うんですけど、中に入った水が体温で暖まって何とか凌げるはずなんですが、結構川の流れが強いんで、ずっと水が巡回して温まらない。

暖をとれるようにお湯を張った簡易プールを現場近くに用意して、耐えられなくなったらプールに入って、また川へ。これを繰り返せばって思ってたんですけど、その日は風も強くてプールに行くだけでも辛いし、また川に戻る最中に冷えちゃう。結局スタッフがバケツにお湯を汲んで、ワンカットワンカット、首から体の中にお湯を足しながら撮影しました。

お湯を差し入れられないタイミングが長く続いた時に、小日向さんはおしっこで暖を取っていたと、あとでおっしゃってました。公開時の取材では「あれ、みんなやってましたよね。ね、深津さん?」みたいにおっしゃっていましたが、そんな屈託のないところが小日向さんの愛される理由かなと思います。それくらい厳しい条件の中でなんとか無事にクランクアップしました。

『サバイバルファミリー』は、電気なんかなくなればいいっていうのがスタートでしたが、ライフラインが止まり、生き残るために右往左往して人々がバタバタ死にそうになる、そんな世界を見せたかったわけじゃありません。

バラバラだった家族が、気がついたら自分の中の生命力を発揮することになる。この世界も案外アリかもって思える豊かな暮らしの中で家族が生きていく。そこが根幹で映画のテーマです。

テーマなしではシナリオはまったく進みません。例えば、ナマっている女子高生がジャズの演奏をするとか、男子のシンクロがあるとか、いくら部品を集めてきても、テーマが見つからないと何をしていいかわからない。確固としたテーマが見つかりさえすれば、そこへ向かってこういうシーン、こういうキャラクターと、迷わず突進していける。その結果、お客さんに共感してもらえるものになっていくのだと思います。

〈採録★ダイジェスト〉THEミソ帳倶楽部「映画『サバイバルファミリー』を撮って―矢口流シーンの作り方―」
ゲスト:矢口史靖さん(映画監督)
2017年2月20日採録
次回は10月28日に更新予定です

プロフィール:矢口 史靖(やぐち・しのぶ)

大学在学中より8ミリの製作を始め、1990年に完成させた『雨女』がPFFアワード・グランプリを受賞。PFFスカラシップを獲得し、16ミリ長編『裸足のピクニック』で劇場監督デビュー。以降、『ウォーターボーイズ』(2001)、『スウィングガールズ』(2004年)、『ハッピーフライト』(2008年)、『ロボジー』(2012年)、『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』(2014年)、『サバイバルファミリー』(2017年)他、多くの映画作品の脚本や監督を手掛ける。2019年にはミュージカル映画『ダンスウィズミー』が公開され話題に。

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