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映画監督×脚本家
五十嵐匠監督と柏田道夫さんに聞く 映画『二宮金次郎』を作って

2019.05.24 開催 THEミソ帳倶楽部「映画『二宮金次郎』を作って―映画監督×脚本家―」
ゲスト 五十嵐 匠さん(映画監督)、柏田道夫さん(脚本家)

シナリオ・センターでは、ライター志望の皆さんの“引き出し=ミソ帳”を増やすために、様々なジャンルの達人から“達人たる根っこ=基本”をお聞きする公開講座「ミソ帳倶楽部 達人の根っこ」を実施しています。そのダイジェスト版を『月刊シナリオ教室』(今回は2019年9月号)から。
今回は、映画『二宮金次郎』の公開を記念して実施した公開講座の模様をご紹介。ゲストはシナリオ・センター出身であるおふたり、五十嵐匠監督と脚本を手掛けた柏田道夫さん(シナリオ・センター講師)。『月刊シナリオ教室』(2019年5月号)には同映画のシナリオとインタビューを、公式サイトのブログにはおふたりのコメントを掲載しておりますので併せてご覧ください。それぞれの視点で制作エピソードを披露していただきました。映画監督志望者・脚本志望者は参考にしてください。

イメージと違っていた二宮金次郎

〇柏田さん:五十嵐監督が、この作品を撮ろうと思ったきっかけは、どんなところだったんでしょうか?

〇五十嵐さん:僕は今まで実在した人物を題材にして映画を撮ってきました。アンコールワットで亡くなった戦場カメラマンの一ノ瀬泰三を主人公にした『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999年)。

『アダン』(2005年)の田中一村は奄美大島で亡くなった画家で、あとは『みすゞ』(2001年)は詩人の金子みすゞです。

実在の人物を描く場合、他人の人生を映画にするという、非常に傲慢な行為でもあります。特に僕の場合、既に亡くなった人物を採り上げるので、実際にどんな人だったのか、もうわからない部分もある。ということは周辺取材、その時代を共に生きた人を訪ねたり、その人がいた場所を自分でも行ってみたりという、作家としての作業が必要になります。

2015年に重松清さん原作の『十字架』を、舞台になった茨城筑西市(旧・下館)で上映した時に、筑西市の人がやって来て、「この下館は200年前に、ある人が復興させた場所なんですが、あなたはご存じですか?」と聞かれたんです。僕は知らなかったんですが、その答えが二宮金次郎でした。

僕は、薪を背負っているイメージしかなかったので驚いて、いつもやっている自分のやり方で、二宮金次郎が生まれた場所、小田原市の栢山(かやま)に行ってみました。そうしたら、そこに『尊徳記念館』や移築された生家もあり、二宮が油を取るために植えていた菜の花畑もあって、貧乏な頃、お金がなくても治療してくれた村田医院というところもまだありました。

『尊徳記念館』の横には銅像があるんですが、薪を背負って本を読んでいる姿ではなく、片方の手に帳面、もう片方には筆を持った尊徳像でした。身長が180センチ以上、体重も90㎏以上の大男の銅像なんです。イメージとすごく違っていて驚いたのが、最初に映画にしたいと思ったキッカケでした。

〇柏田さん:筑西市の方は映画にしたいという思いで、監督に二宮の話をされたんですか?

〇五十嵐さん:当時はNHKの大河ドラマにしたいと思っていたようです。でもドラマは、女性が登場してこないとなかなかむずかしいということで、いい返事は返ってこなかったようです。そこにちょうど僕が行ったわけです。

〇柏田さん:監督自身が二宮に興味を持たれた訳ですね?

〇五十嵐さん:幼い頃の二宮尊徳の銅像が有名なのは、明治時代に日本政府が勤勉なイメージを利用したからです。働きながら勉強する姿を「修身」の教科書に載せたんですね。その姿も二宮尊徳ですが、僕が興味を持ったのは、青年期の革命家の二宮です。自分のやりたいことを突き進んでいるというのが、今まで描いてきた人たちとダブるところがあって、興味深いと思いました。

※YouTube
シネマトゥデイ
映画『二宮金次郎』予告編

誰かの心を揺らすために作る

〇柏田さん:今の時代、映画にしたいと思って大きい映画会社に企画を持っていっても、実現はなかなかむずかしいですよね。

〇五十嵐さん:『二宮金次郎』はドラマチックではない、女性が出ない、それはこちらも重々承知しているわけです。

でも『小説 吉田学校』とか『金環蝕』とか、企画が通りづらいような作品でも、心に残るようなものはたくさんあります。僕が死んでも映画は残りますから、映画を観てもらえれば、二宮尊徳のスゴさとか伝えられるなと思ったんです。

企画が通りづらいのはわかっていました。もしかしたら心ある人が現れるんじゃないかと期待したのですが、残念ながら現れなかった。僕だって、お金が集まるような映画もやりたいんですよ(笑)。

でも、栃木県日光市でホール上映をした時に、1回上映だったのに満席であふれてしまい、3回上映をして結果1500人くらいの人に観てもらいました。そのとき、80歳を超えた老夫婦がカートを押して入って行って、観終わったあと、僕の手を握って離さなかったんです。僕は思いました。彼らはシネコンのポップコーンの匂いのするところには行けないんじゃないか。この映画は、そういうシネコンみたいなところで上映するのとは違うのかもしれない。

本当は30館くらい上映することが決まっていたんですけど、キャンセルして、その代わり製作委員会が、車とレベルの高い上映機と、8メートルのスクリーンも用意して、全国に届けようとしています。

シネコンでの上映を否定している訳じゃなくて、観る人は楽しもうと来ているわけです。でも僕らの世代は、『仁義なき戦い』を観たあと、観客が菅原文太さんになって帰っていくように、誰かの心を揺らさないと、僕の中では映画ではない。それに、取材を受けた時に新聞記者3人くらいから、「あなたの『地雷を踏んだらサヨウナラ』を観て、新聞記者を目指したんです」って言われました。映画を作ってきてよかったなと思いました。

〇柏田さん:映画を作ろうと思った時、まずはどういうところから着手するんですか?

〇五十嵐さん:自分が動くしかない。「作りたい、作りたい」って赤ちゃんみたいに言うと誰かが集まってきてくれる。その代わり、泣き方があるんです。めそめそ泣いたらダメ。ジタバタしてワーワー泣いて泣いて、もうダメだくらいの泣き方をする。そうすると、「もうしょうがないな」って人が出て来る。

僕は郷里が青森出身なので、映画製作は「ねぶた」みたいなものだと思っています。踊り手を跳人(はねと)というんですが、1人目が跳ね、2人目が跳ね、やがて何千人もの人が跳ねる。映画もそうです。

僕が二宮尊徳さんの映画を撮りたいと言っていると、ある人から、尊徳の碑が成田山新勝寺にあると言われて。新勝寺のトップである橋本貫首(かんす/橋本照稔大僧正)を知っているという人を教えてもらって、手紙を書きました。

それで新勝寺に行って話をして、新勝寺に特別協賛をしてもらいました。その代わり、こちらも責任がありますから、映画が出来なかったら全額返す約束をしました。そこから協賛とか出資とか、一口サポーターを募ったりして3000万円が集まりました。二宮尊徳のファンが全国にいる訳です。なんとか作らなくちゃダメだと自分を追い込んでいきました。毎日の酒の量も増えるし、家族に当たるし、大変です(笑)。

エピソードのどこを切り取るか

〇柏田さん:そしてシナハンになるわけですね。

〇五十嵐さん:4年くらいかけて、彼が行った軌跡を全部回りました。真岡、掛川、日光……昼からウロウロしているから、周りの人も変に思うんですが、まだ映画を作るとは簡単には言わない。味噌とか醤油とかワインのように醸造している段階です(笑)。

日光に墓があって、石倉があり、尊徳の資料を集めている場所がある。そこにこもったことがありました。そうしたら、彼は家計簿をつけていて、嫁さんのナミのおしろいや、銭湯のお金がいくらとかまで帳面に記していた。

百姓の中でも優秀な人には家を与えたりしたんですが、家の扉に穴が空いている。その覗き穴を使って、二宮は夜中まで仕事をしているかどうか見に行っていたそうです。ある意味、嫌な人ですよね(笑)。

今で言うバツイチで、1回目の結婚が上手くいかなくて、2度目のかみさんを大事にしました。偉人なんだけど、そうやって光の当て方を変えると面白い人物像が出来そうだと思いました。

脚本も当初は自分で何稿も書いていたんです。でも途中まではいいんですが、どうしてもダレる。これはまったく違う方に脚本を書いてもらったほうがいいんじゃないかと思いました。柏田さん脚本の『武士の家計簿』を観ていたので、時代劇でありながら家庭の匂いや親子の香りがする脚本で興味深かったので、お願いできないかなって思ったんです。

〇柏田さん:監督から連絡があって喫茶店でお会いして、二宮金次郎の映画を作りたいんだと言われたときは即答できませんでした。一見堅そうな偉人の話で、面白くなさそうじゃないですか(笑)。

〇五十嵐さん:プロデュサーと同じ反応ですね(笑)

〇柏田さん:それで、とりあえず資料を読んでみようと。段ボール一箱、資料が送られてきて、いろんなところに監督のコメントが添えられていて、確かに偉人は偉人なんだけど、ちょっと面白いなと思って。

別に偉人を偉人として描こうという気はなくて、最初のタイトルが『地上の星』という仮タイトルだったので、復興プロジェクトX的・エンタテイメント的な映画に出来るんじゃないかなと思ったんです。私も小田原に取材へ行き、書けるかもしれないと思って、「書きます」とお返事しました。

〇五十嵐さん:実在の人物を映画にする時って、撮りたいカットがあるものなんです。この人を映画にしてみたいって思ったのは、覗き穴のシーンでした。だから映画の中でも二宮は、のぞき穴を見ながら「〇」や「×」を帳面に付けている。

〇柏田さん:『武士の家計簿』とは違って、『二宮金次郎』の場合は資料がいっぱいあって、どういう人物かはいろいろわかっていました。その中でどこを切り取るか。

薪を背負って、というエピソードもあれば、取り立てられて、いくつかの村を復興したりするエピソードもあります。二宮の思想を書いた全集もあって、いろんな本を読むと、いかに偉かったかというのがわかるんですが、エピソードがありすぎて、どこを切り取るかが非常にむずかしい。

二宮は一回没落して貧乏になるんですが、武士の家老の家に入って、農民の金次郎が財政を立て直させるんです。連ドラなら第2話か第3話くらいの1本に使えるような面白いエピソードなんですが、映画で採り上げるのは、そこではないだろうなと。

監督とも話して、一番わかりやすいのは、桜町領という最初の村を復興するエピソードだろうと。小田原藩の飛び地があって荒れていて、そこをなんとかしなくてはならないという話をメインにするのがいいだろうと。

あとは豊田正作という実在の人物が出てくるんですが、金次郎の評伝を読むと、豊田は、金次郎のやろうとすることを、ことごとく邪魔しに来るんです。上役というポジションから、金次郎がやろうとしている復興計画を否定してくる。

講座などでもいつも言っていますけど、物語を面白くするのって主人公の敵側ですよね。より強大な敵がいて、その敵に対して、いかにして最終的に勝つかという、その対立と葛藤がドラマの原点になる。

金次郎と豊田正作の戦いをメインに据えて、それと併せて、金次郎を支えた奥さんや家族、金次郎に共感する側と反対する側がいる。それって、我々の実生活と同じだなと思って、そこを切り取る形で脚本を作っていきました。

何稿も書き直して進めて行く中で、時代劇を復興させる運動もしている榎木孝明さんが製作に入ってくださって、監督は榎木さんと『HAZAN』もやっているんですよね。でも小田原には二宮金次郎を敬愛している方がたくさんいて、そのとりまとめをされている方がいるんですが、そこを説得できないと、製作上むずかしかったんですが、最初はまったくOKをもらえなくて……。

〇五十嵐さん:二宮神社でおみくじを引いたら、「凶」が出たんですよね。映画が出来てからは「吉」になりましたが(笑)。

〇柏田さん:僕は「大吉」でしたけど(笑)。最初プレゼンした時は、二宮を神様のように描いてくれないと困ると言われたんです。でも、それじゃ映画としては面白くないので、こちらは一生懸命プレゼンしました。とりまとめている方が、たまたま青学の大先輩で、ちょうど駅伝に勝ったところだったんで、そこから話を始めて、なんとか説得して……。

小田原藩の殿様は優れた農民たちを表彰していたりしたので、若い二宮金次郎を誉めるシーンをトップシーンにしました。最初は全然違うシーンだったんですけど(笑)。そういう感じでプレゼンしたり変更したりして、資金調達も進んで行きました。

西部劇と裏テーマ

〇五十嵐さん:先ほど、撮ってみたいカットを大切にするという話をしましたが、同時に今回は「西部劇」にしようと思いました。桜町領はとても荒れた土地で、二宮が行く前に赴任した人が、4人くらい逃げ帰ってきたような場所でした。

5人目の農民出身の男が、荒野というだけでなく、人心荒れた中でどうやってその土地を立て直していけるのか……。下級武士の豊田正作という人物が出てきますが、豊田は武家出身、二宮は農民出身で格差がある。

百姓も十把一絡げには描いていません。土地を持っている本百姓、その下の水呑百姓、さらに下にいる小作人、全部違う。小作人とかはツメに土が入っているけど、本百姓は作業をさせる側だからツメに土は入っていない。

そういうことも美術や衣装で全部表現する。本百姓はちょっと暖かい格好をしていて、だけど水呑百姓はパッチがついていて、小作人はふんどし一丁。だから、小作人役の役者さんが一番大変でした、寒かったんで。

要するに、西部劇という宇宙を作り、そこに二宮という人物を入れる。豊田は公務員です。普通に公務員的にやろうとしたことが、二宮のやり方と決定的にあわなかった。でも、豊田は二宮と似ているところもある。

二宮のようにやりたいんだけど、立場上出来ない。息子が父を憎むように、同じ物を持っている人に、人は憎しみを持つ。でも時を経て、豊田と二宮は寛解する。誰も悪くないんだけど、ぶつかってしまう人間の業みたいなものを表現したかった。その中で、西部劇的なエンタテイメント性が出てくると思いました。

〇柏田さん:裏テーマ的なことのひとつが身分階級です。監督と榎木さんと3人で小田原へプレゼンへ行った時にも感じることがありました。二宮は偉人ですが、武家の家系ではあまりよく言われないこともあるそうです。農民出身の二宮が取り立てられて武家に入ってきて、改革をやらされたことを恨んでいる人も小田原藩の中にいるということを聞いて、「へぇ、そうなんだ」と。だから豊田というライバルを作ることによって、身分階級についても描くことが出来ると思いました。

脚本の中で監督に、ここは妥協せずに撮ってほしいとお願いしたのが、豊田と二宮が雨の中で対決するシーン。武士であるということを誇りに生きている豊田にとって、二宮が脇差しを差してないことが許せない。お前は武士になったのに、どうして脇差しを差さないのかと尋ねると、「私の魂はこれです」と言って土塊を差し出す。そのシーンはぜひ映画でご覧になってください。雨を降らさないといけなかったので、撮影が大変でしたが。

〇五十嵐さん:そんな大変なことはしてないけどね。散水車ってあるでしょ、あれを呼ぶんです。水がなくなると下の沢から水を汲むので、ものすごく冷たくて、百姓とか小作人役は寒いなんてどころじゃない(笑)。ロングショットで撮ったので、みんなが濡れていなくてはならない。うちの組はいい人が多いからスタッフも濡れて(笑)、監督が濡れないと悪いなと思って、僕も濡れました。

相当な量を降らさないといけなくて、3つの放水車を使って雨を降らすので音がすごい。セリフを拾えないから、アテレコしないとダメなんです。でも、「よーい、スタート」って始まると、スタッフは、みんな「ああ、映画やってるんだなー」って思う訳です(笑)。

映画は中途半端にやらないほうがいい。血糊とか泥とか、「これくらいでいいですか?」なんて言ってチョロチョロっとつけるんじゃなくて、やるんだったら思い切りやる。その代わりなるべく短く終わりにする。中途半端にやると、もう1回やらないといけなくなります。監督の責任としては最高の絵を撮りたいから、十分我慢してくれとお願いしました。そのシーンを撮り終わったときに、山の上から焼き芋の差し入れがあって、ああ映画が出来たなあって気持ちになりました(笑)。

〇柏田さん:あのシーンは本当に良かったです。

〇五十嵐さん:いいシーンなんで、録音部はアテレコでなくシンクロで本当の声を録りたくなった。今回の録音部は瀬川徹夫さんという方が取り仕切っていて、三谷幸喜さんの映画は全部、瀬川さんなんですけど、結局その大御所が録音する時にアフレコでもシンクロでも大丈夫なように録ってくれました。

二宮役の合田雅吏さんと、妻のなみ役の田中美里さんとが泥だらけになるところは、アフレコじゃなくてシンクロを使っています。そういう風に映画屋の芝居を大切にする気持ちが、シーンに出ているんですね。スクリーンは嘘をつけない。例えば、泣いていないところを撮って、泣いているようにアフレコしても、泣いているように見えるんですけど、シンクロのスゴさには敵わないんです。

〇柏田さん:だから脚本はいい加減に書いてはダメなんです。脚本を読んでいて、「なんでここで雨?」って疑問に思うようなシーンなら、降らす必要はない。土砂降りの雨にしてほしい。そこで感情がぶつかりあうのに、雨が降ってほしいから書いているんです。

〇五十嵐さん:あともう1つの雨の理由は、土の匂いがする映画にしようと。渇いた土じゃなくて、泥というものが土を表すひとつの形になるのではないかと思って、土を描きました。カメラマンには、土が人間の営みを見ているというように撮れないかと言いました。いろいろあるけど、土だけはずっと二宮の背中を見ていることにしたいと思ったんです。

セットは組まずにロケで

〇五十嵐さん:時代劇に関しては柏田さんが何本もやられているので、お任せしたところもあるんですが、製作側としてはむずかしかったのは、百姓家をどうつくるかという問題でした。

立派な建物は残っていても、実際の百姓家は残っていない。そうするとどういうふうに百姓家っぽく見せるか。立派な畳にはへりがありますが、百姓家の畳にはへりがない。柔道場の畳みたいなもんです。もっと言ってしまうと、茅を葺こうと思うと、今だと4~5千万円くらいかかる。そういう中で、僕たちは、どう戦っていくかということです。

〇柏田さん:今回セットは組んでないです。地方で茅葺屋根の家を探してきたりしました。『武士の家計簿』は京都の撮影所の中に家を作って、撮っているのがほとんどですが、『二宮金次郎』は縁の家を見つけてきて撮っています。

〇五十嵐さん:僕は、あまりセットって好きじゃないんです。実際の建物というのは、そこで何百年も暮らしてきているわけです。それを元に美術スタッフが作りこむと、黒光りしている柱だったり、実在のものが生きてくる場合がある。

ロケセットを否定するわけじゃないんです。美術スタッフさんは素晴らしい技術を持った方が大勢いらっしゃいますから。でも僕はドキュメンタリー出身なもので、実際の建物を使って表現するほうが自分に合っている。

今回は二宮金次郎の生家や、本当の桜町領を使ったりしています。本物を撮影することで役者も変わるんです。金子みすゞの映画『みすゞ』を撮影した時には、『文英堂書店』という、本当にみすゞが店番をしていたところに役者を座らせたんです。「ここが実際に店番をしていた場所です」って役者に伝えると、演技が変わる。そういうことを秘かに演出に利用しています。

背中に悲しみを感じて

〇柏田さん:今回、柳沢慎吾さんがスゴくよかったですね。私たちの世代からすると、ドラマ『ふぞろいの林檎たち』の印象が強くて、小田原出身ということで出演していただくことになったんですけど、五平のキャスティングが意外でした。博打ばっかりしている、どうしようもない男なんですね。

架空に作ったキャラクターなんですけど、監督からのアイディアで、せむしという設定で。今までは笑えるイメージが強くて、まさか柳沢さんに泣かされると思っていなくて、出来上がって観たときに、僕は柳沢さんのシーンで泣きましたね。

〇五十嵐さん:僕は、お笑いをやっている柳沢慎吾さんを見た時、背中に悲しみを感じたんです。五平という登場人物は自分に似ているので入りやすかった。なんでかというと、天涯孤独で金もない。ほかの人たちに名前も呼んでもらえない。日光に当たっていないから背中も曲がっている、そういうキャラクターです。

周りの人たちは百姓をやっているのに、五平は博打で生きていて、親族はまったくいないと設定しました。二宮は桜町領へ初めて来た時に、五平のことをちゃんと「五平さん」って、

さん付けで名前を呼ぶんです。いつも周りの百姓から「おい」とか「こら」とかしか言われていないのに、突然やって来た男から、自分の名前をさん付けで呼ばれて、五平は、つい「はい」と答えてしまう。

その返事を聞いた二宮は「この男は心の底は綺麗な水が流れている」って思ったんじゃないか。そこから五平は金次郎の背中を見て、時にほっかむりをして鍬を持ってみたり、金次郎の生き様を見ることで進化していく。金次郎が新勝寺にこもって出てきた時に、五平は訳がわからないけど涙が出てきてしまう。

僕はフェリーニの『道』が好きで、あの主人公ザンパノも教育を受けたこともない男で、かつて一緒に旅芸人をしていたジェルソミーナが死んだことを知って訳も分からず泣いてしまう。ドストエフスキーの小説『白痴』に出てくるムイシュキン公爵的な、知能は劣っているものの文句なしの善人的なものが五平の中にもあると描いたつもりです。

〇柏田さん:史実にも残っていますが、金次郎は桜町領で復興していく中で、偉人なんだけど癇癪持ちでした。水路を作るために溝を掘っている時に、働いていない人を見つけて、いきなりそいつを池の中に投げ込んだりしている。資料を読んでこの出来事も入れたいなって思ったんですが、誰が池に投げ込まれたのかはわからなくて、それを五平というキャラクターに当てたんです。五平に命が入ったなって。

あともう一人、たみちゃんという少女が出てきます。監督のアイディアで聾唖の子にしようということになりました。金次郎と妻を見守っている天使的なポジションで、この女の子を入れることで、いつも誰かが見ているという感覚を表現したかったんですね。

〇五十嵐さん:土の精みたいなものですよね。

〇柏田さん:実在した人物もたくさん出している一方で、たみちゃんや五平は完全にフィクションです。歴史物を書く時に史実を調べても、わからないところが出てくる。それを逆に生かすというか、わからないところにフィクションを入れていくことで、いろんなことが出来ると思っています。

〇五十嵐さん:僕は実在の人物からキャラクターを作るのは「幹は変えずに枝を変える」ことだと思っています。たくさん調べるんですが、映画が始まると一度白紙にして考える。今回の映画では、一橋大学で村落史の研究をされている渡辺尚志教授にシナリオを渡して、当時の百姓の生態を聞いたりもしました。それをやっておかないと、鋭い役者さんが聞きにきたりしますのでね(笑)。

自分が撮った映画を100人が観たとして、100人が面白くないって言ったら、僕は監督を辞めると思います。99人が面白くないって言ったとしても、もしも1人が感動したと言ったら、それだけで栄養になって、次が作れるんです。そういうつもりでこれからも撮り続けていきたいと思います。

〈採録★ダイジェスト〉THEミソ帳倶楽部「映画『二宮金次郎』を作って―映画監督×脚本家―」
ゲスト:五十嵐 匠さん(映画監督)、柏田道夫さん(脚本家)
2019年5月24日採録
次回は1月25日に更新予定です

※関連記事「映画『二宮金次郎』/五十嵐匠監督と脚本家・柏田道夫さんに聞く」も併せてご覧ください。

プロフィール

・五十嵐 匠(いがらし・しょう)
青森県生まれ。立教大学時代、シナリオ・センターに通うかたわら自主映画を制作。岩波映画・四宮鉄男監督に師事し、『津軽』(1986)、『ナンミン・ロード』(1992)を監督。 1996年にはドキュメンタリー映画『SAWADA』で毎日映画コンクール文化映画部門グランプリ、キネマ旬報・文化映画グランプリなど数々の賞を受賞。また『地雷を踏んだらサヨウナラ』(2000)、『みすゞ』(2001)、『HAZAN』(2003)、『長州ファイブ』(2007)など監督作品多数。

・柏田道夫(かしわだ・みちお)
青山学院大学文学部日本文学科卒。脚本家、小説家、劇作家、シナリオ・センター講師。1995年『桃鬼城伝奇』で第2回歴史群像大賞、同年『二万三千日の幽霊』で第34回オール讀物推理小説新人賞を受賞。主な小説は『矢立屋新平太版木帳』『しぐれ茶漬 武士の料理帖』『つむじ風お駒事件帖』『面影橋まで』『猫でござる(一)~(三)』他多数。その他著書『ドラマ別冊・エンタテイメントの書き方1~3』『超短編シナリオを書いて小説とシナリオをものにする本』『シナリオの書き方』等多数。映画脚本では『武士の家計簿』(2010)、『武士の献立』(2013)などを手掛け、五十嵐匠監督と共同脚本『島守の塔』の公開を控えている。

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