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物語を書く時に使える知識をミソ帳倶楽部で/西洋美術史家の視点

物語を書く時に使える知識をミソ帳倶楽部で/西洋美術史家の視点

2011.10.24 開催 西洋美術史家の根っこ~絵画を読み解く楽しみ~
ゲスト 中野京子さん

シナリオ・センターでは、ライター志望の皆さんの“引き出し=ミソ帳”を増やすために、様々なジャンルの達人から“その達人たる根っこ=基本”をお聞きする公開講座「ミソ帳倶楽部 達人の根っこ」を実施しています。そのダイジェスト版を『月刊シナリオ教室』よりご紹介。
今回の達人は、絵画やオペラ、映画にも造詣が深いドイツ文学者の中野京子さん。『怖い絵 泣く女篇』(角川文庫)や『ハプスブルク家12の物語』(光文社新書)「名画の謎」(文藝春秋)など代表作多数。
今回は、絵画鑑賞の仕方など、西洋美術史家ならではの視点をお聞きしました。絵画を鑑賞するときだけでなく、西洋美術史家を主人公にシナリオを書くときの参考にもできます。
※なお、当日は実際に絵画をスライド上映しながらお話し頂きました。
ブログ版では、ご参考までに絵画の画像が載っているサイトをお伝えいたしますので、そちらでご確認ください。

絵を味わう=知った上で感じる

西洋絵画の見方を皆さんに紹介していますが、皆さんが一番陥りがちなのが、「日本に暮らしている今の私たちの目で絵を見てしまう」ということです。そうすると、絵の本来の意味を捉えられなくなるのですね。

また、日本の美術教育で西洋絵画を積極的に取り入れたのは、印象派以降でした。

「色彩やタッチ、雰囲気を味わってほしい」という印象派画家の望みをそのまま受け入れたため、絵はただ感じればいい、というような教育になってしまった。

でも、近代以前の作品はそうではない。

聖書、神話、歴史、時代背景という、読み解くべき意味がちゃんとあったのです。それを知らずして「感じる」ことなどできませんよね。

例えば西洋人が、『四谷怪談』で有名なお岩さんの幽霊画を見たら、どうですか?

なんだか顔を腫らした醜い女性がいて、手も変な形をしているから病気かもしれない、足が描いてないから未完成、と思うでしょうね。何も知らなければ、そういうふうに感じてしまう。

だから、感じる前に知らなければならない。知った上で感じる。それが本当に「絵を味わう」ということではないでしょうか。

背景を踏まえた上で見ると絵の「本当」が分かる

まず、ブリューゲル最晩年の作品『絞首台の上のかささぎ』をご覧ください。

今、絵のタイトルを言いましたが、ここからして違うのです。皆さんは絵のタイトルは画家自身が付けると思っていませんか?

それは絵を一般の人が買えるようになってからの話であって、以前は、例えば「王女マルガリータの絵を描いてほしい」と発注されて画家が描くという形でしたので、別にタイトルなど付ける必要がなかった。

じゃあ誰が付けたのでしょうか。

宮廷画家の絵の場合は、官吏が広大なお城にある絵を管理するために便宜的に付けたんですね。

『絞首台の上のかささぎ』は宮廷に収めたものではなく、ブリューゲルが妻に遺した作品です。

ですから、妻か子供がこの絵を手放した時に、買った人が付けたかもしれない。公式美術館ができた時に学芸員の人が付けたというのが一番可能性が高いでしょう。

このように、タイトルからして疑ってかかるべきなのです。

この絵の中心には絞首台がありますから、パッと見て「死」がテーマだということは誰にでもわかります。ブリューゲルの絵はどれも登場人物が多く、さまざまなことわざや比喩を表しているというのが特徴です。

例えば、この絵の中に水車があるのは「何度も同じことが繰り返されている」という意味。絞首台の横で用を足している人がいるのは「死なんか怖くない」という表現です。

この時代、高貴な人の処刑は街中での斬首でした。

一方、こういった郊外での絞首は、庶民のためのもの。どちらも公開処刑でしたから、死は非常に身近でした。

ここで注目すべきなのはかささぎという鳥です。

日本ではかささぎはカチカチという鳴き声から「勝ち鳥」と呼ばれ、縁起のいい鳥とされています。中国や韓国でも、吉鳥とされていて、アジア圏ではイメージがいい。

ところがヨーロッパではまったく逆です。

羽色が黒白であることから二面性がある、信用できない、雑食のため残酷、光ものを隠す習性を持つ、おまけに鳴き声が不快で、「泥棒鳥」「密告鳥」とされていました。

当時、ブリューゲルの生きたフランドルでは、支配者ハプスブルグ家によって密告が奨励されていました。密告されれば即、処刑です。

そんな背景を踏まえた上で、かささぎが処刑台の上に止まっているのを見ると、この絵の本当の怖さがわかってきますね。

※『絞首台の上のかささぎ』はこちらをご覧ください。MUSEYの公式サイトより。 

画家の気持ちや立場が分かると違った意味が見えてくる

次は、ルーブル美術館で『モナリザ』と並んで有名な作品、ダヴィッドの『ナポレオンの戴冠式』を見てみましょう。

60平米以上もある巨大な絵で、ナポレオンは「まるで絵の中に入っていけそうだ」と感嘆したとか。

総勢150人の人が描き分けられています。私たちはこの絵を見た時、「このようにしてナポレオンの戴冠式が行われたんだな」と思いますよね。

つまり報道写真としての絵なのかなと。
でもそうではない。

いくつか捏造部分があります。ナポレオンを実物以上に美化しているとか、ダヴィッド本人が登場しているというくらいは許せる範囲ですが、それ以上のことです。

例えば絵の中には、息子の姿を誇らしげに見ているナポレオンの母の姿が見えますが、実際には母は皇帝になることに大反対で戴冠式には出席しませんでした。

それからこれはナポレオンの戴冠式というより、ナポレオンが妻のジョセフィーヌに冠を授けているシーンになっています。

実際には、ナポレオンは自分の絶対的な権力を示すため、ローマからわざわざ教皇を呼びつけておきながら彼に戴冠させなかった。自分で自分に戴冠して、教皇の面子を潰したのです。

そのためダヴィッドは、後に問題が生じないよう、誰がナポレオンに冠を授けたかをわからなくした。教皇がナポレオンを祝福しているのも、もちろん捏造です。

ダヴィッドという人は、次々と政局が変わっていく中で自分を守る能力に長けていたと言えるでしょう。『アントワネット最後の肖像』というスケッチをごらんください。

ダヴィッドはこの頃、王政反対の政治運動をしており、アントワネット処刑に賛成票を投じています。そのアントワネットが荷馬車で断頭台に連れていかれる姿を道端で描き写したのがこの絵です。

ハプスブルグ家特有の下顎が出た顔、処刑のために短く切られた髪。かつて「ロココの薔薇」と讃えられた王妃とは思えません。

これはアントワネットの姿をその通りに描いたものなのか、それともダヴィッドの悪意が投影されているのか……。

絵を見るときに、描いている画家の気持ちや立場がわかると、違った意味が見えてくるかもしれません。

※『ナポレオンの戴冠式』はこちらをご覧ください。BS朝日の公式サイトより。 

※『アントワネット最後の肖像』はこちらをご覧ください。MUSEYの公式サイトより。 

絵の中に歴史が表れている

イギリス・カリカチュア(戯画)の父と呼ばれたホガースの『ジン横丁』という銅版画。

18世紀のロンドン・イーストエンドで、安酒ジンの飲み過ぎで人間を辞めてしまった貧民たちの姿を描いています。

人も街も荒廃した生き地獄。対になっている『ビール街』という作品は、高級酒のビールを飲んでいるお金持ちの幸せな姿です。

同じ時代のゲインズバラ『アンドリュース夫妻』という絵を見てください。

大地主同士の新婚夫婦が広々とした農地にいる絵ですね。この絵の中の風景は全部彼らの所有地。つまりどれだけの身分や資産を持っているかを示す肖像画です。

畑で働いている人が一人もいないところが、この絵の怖いところ。農業革命が起こった時代で、収穫が終わると使用人は全員クビ。弱者は切り捨てられて、ますます貧しくなる。

その結果、仕事を失った労働者が流れ着くのが『ジン横丁』というわけです。このように、絵の中に歴史が表れているということがわかると思います。

※『ジン横丁』『ビール街』はこちらをご覧ください。足立区綾瀬美術館 ANNEXの公式サイトより 

※『アンドリュース夫妻』はこちらをご覧ください。MUSEYの公式サイトより。

「この絵はこういう状況で生まれた」ということを頭の隅に

ドガの『エトワール』は有名ですね。「綺麗だな」と思うでしょう。バレエを習う子はある程度裕福で、プリマバレリーナとして踊るのは選ばれた女性というふうに見るからです。

ところが印象派時代のパリ・オペラ座の実情を知れば、とてもそんな感想は持てません。

当時、バレリーナは下層階級の少女たちでした。多くの場合、貧しい暮らしを脱するため、パトロン探しでバレリーナになる。オペラ座は娼館で、踊り子たちは売春婦だと言われていたほど。

ドガは反ユダヤ主義のお坊っちゃまですので、とうぜん彼女たちを見下していました。

働く女性の顔を猿に似せてことさら醜く描いたとも言われています。日本人には身近な猿も、ヨーロッパでは未開の土地の動物だったのです。

今の私たちがヨーロッパの堅固な階級社会を理解するのはとても難しいことです。しかしこの絵はそんな中で生まれたということを頭の隅に入れておいてほしいです。

※『エトワール』はこちらをご覧ください。西洋絵画美術館の公式サイトより

 

絵には「意味」がたくさん詰まっている

最後に明るい絵をご紹介しましょう。

後期ルネサンス時代の天才ティツィアーノ作『バッカスとアリアドネ』。

ティツィアーノは富裕な宮廷画家として長生きし、生前も死後も人気衰えない幸せな画家です。楽しみながら描いているのがわかるので、こちらまで幸せな気分になります。

この絵はギリシャ神話をもとにしています。酒の神バッカスと人間の娘アリアドネの出会いのシーン。

バッカスの一目惚れのときめきが表現されている。「一度失恋したってなんてことない」というメッセージも伝わってきます。

アリアドネは、眠っている間に婚約者に捨てられ、その直後にバッカスと出会った。この絵には、逃げていく婚約者の船も描かれています。

バッカスは酩酊の神、エクスタシーの神です。理性の神アポロンには色んな恋の神話があるのに対し、バッカスはアリアドネ一筋、最後まで添い遂げました。

こんなエピソードを知れば知るほど、この絵の喜びが倍増するように感じませんか?

絵には「意味」がたくさん詰まっています。
テレビや映画のない時代、人々は絵を「動く物語」として楽しみました。皆さんもぜひ絵を読み解いてみてくださいね。       

※『バッカスとアリアドネ』はこちらをご覧ください。西洋絵画美術館の公式サイトより 

出典:『月刊シナリオ教室』(2012年2月号)より
ダイジェスト「THEミソ帳倶楽部★達人の根っこ」
中野京子さん 西洋美術史家の根っこ~絵画を読み解く楽しみ~
2011年10月24日採録

プロフィール:中野京子(なかの・きょうこ)

作家・独文学者。
主な著作は、連載「名画が語る西洋史」(月刊文藝春秋カラーページ)、「運命の絵」(オール読物)、「橋をめぐる物語」(道新&東京新聞)、「美貌のひと」(PHPスペシャル)、「絵の中の物語」(エクラ)など多数。最新刊『怖い絵のひみつ』(KADOKAWA)が発売中。
※中野京子さんのブログ「花つむひとの部屋」はこちらからご覧ください。

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