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シナリオや小説についてなど、創作に役立つヒントを随時アップ!ゲストを招いた公開講座などのダイジェストも紹介していきます。

作家 鈴木光司さんに学ぶ 書き続ける創作の秘訣

2026.01.10 開催 THEミソ帳倶楽部スペシャル「小説家・鈴木光司さんの根っこ」
ゲスト 鈴木光司さん(小説家)

シナリオ・センターでは、ライター志望の皆さんの“引き出し=ミソ帳”を増やすために、さまざまなジャンルの達人から「その人が達人である理由=根っこ」を伺う公開講座『ミソ帳倶楽部 達人の根っこ』を開催しています。そのダイジェスト版を『月刊シナリオ教室』よりご紹介。

2026年度第1回目の公開講座を担当してくださったのは、小説家・鈴木光司さん。
この年の5月にご逝去されるとは、誰が想像できたでしょうか。
もっと多くのお話を伺いたかったと残念でなりません。

講座当日、鈴木さんは開口一番、受講生の皆さんに問いかけました。
「どうしてシナリオ・センターに来ているんですか?」
その言葉に会場の空気が一気に引き締まり、皆さんのやる気に火がつくのを感じました。

鈴木光司さんが語ってくださった「書き続けるための創作の秘訣」。
ご自身の創作に、ぜひお役立てください。

名作ホラー小説『リング』の初披露はシナリオ・センターのゼミ

鈴木光司さんはゼミ在籍中に、あの『リング』を執筆。
ゼミナールで発表すると、あまりの面白さに「先を知りたい!」という聴講生でクラスが溢れてしまいました。このエピソードは“伝説”としてシナリオ・センターで語り継がれています。

『リング』『らせん』の大ヒット後も数々の話題作をご執筆され、2025年には壮大なスケール感の新作『ユビキタス』を上梓。

講座の前半は『リング』が生まれるまでを、後半は新作『ユビキタス』についてお話しいただきました。

処女作は未完のまま
――この時に膨らんだ作家への願望

小説家の鈴木光司です。皆さんは、どうしてシナリオ・センターに来ているんですか? 目的は何でしょうか? みんなの心の中にある、「小説が書きたい」あるいは「シナリオが書きたい」「プロになりたい」という思いに火をつけるために、今日ここにやってきました。

子どもの頃は、母に連れられて地元・浜松の映画館で洋画ばかり観ていたんです。小学校3年の時に観たのが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』。めちゃくちゃ刺激が強い! こんな作品を子どもに観せていいのか?(笑) うちの母はまったく気にしなかった。そんな経験が、今の僕の素養になっていると感じています。僕がハリウッドにこだわってきた根っこは、そこにあると思っています。

さらに小学5・6年の担任の先生が、僕らに向かって「文章を書け!」「みんなの前で表現しろ」と言って、表現力を養うためにクラスだけで学芸会をやっていました。1学期に1回、2年で6回。僕は仲間を集めて脚本・演出・主演までやりました。物語は全部が西部劇。これは明らかに母親の影響ですね。僕が正義のガンマンをやって、悪役のガンマンを演じたのが、のちに政治家になった現・静岡県知事の鈴木康友くんでした。

小学6年生で書いた小説は、 『7つの海の冒険旅行』。浜松の目の前に遠州灘という荒れた海があるんですが、この海を越えた先にはアメリカ大陸がある。太平洋を自分の力で横断したいと漠然と想っていました。『7つの海の冒険旅行』は、子どもたちが巨大なイカダで太平洋を横断する物語です。

45枚まで書いたかな。小説はね、書き始めることは誰でもできます。ところが完結させるのがとても難しい。作者として「何を表現したいのか」というコンセプトがないと書き終わることができない。でも小学生の僕にはそれがわかっていなかったので、話があっちこっちに行ってしまい、未完のまま終わりました。でもこの時に「いずれ小説や脚本を書いていけたらいいな」と作家への願望が膨らんだのです。

小説を書くときに役立ったシナリオ・センターでのトレーニング

そんなこともあり、慶応大学仏文科に進学しました。仏文科の男子学生は全員が作家志望。でも「作家志望」なんて言わないで、「卒業しても就職しない」という言い方で意思表明していました。僕もそう言ってました。本当になれるかどうかわからないし、恥ずかしいという気持ちもあった。

最大の悩みは、「自分には小説家としてやっていく技量があるのだろうか」ということ。どうやったら客観的に自分の能力を見極めることができるのか、真剣に考えていた時に、愛読書の情報誌『ぴあ』にシナリオ・センターの広告が載っていたんです。シナリオ・センターに通い始めたのは大学4年の時でした。

まずシナリオ8週間講座から入って、本科ゼミに行って15人ぐらいの仲間の中で作品を発表していくうちに、だんだんいけるかもしれないという手応えを感じ始めました。つまり、センターに来た目的は、自分に小説家になる力があるかどうかを確認するためだったんです。あの頃は内心不安だったんですね。卒業しても就職しないと宣言した以上、作家への道を踏み出す前に、その確認作業が絶対必要だった。

本科の担任は上田(睦子)先生でした。毎週1本必ず書いて、最短で修了しました。課題のシナリオを発表する時に、ラジオドラマみたいな感じで仲間たちに役を割り振って読んでもらい、自作の曲をBGMとして流したりもしました。そうすると、他の生徒さんが発表する時間がなくなっちゃうので、上田先生に「わがままもいい加減にしなさい」と怒られました(笑)。

「鏡」の課題で書いたのが『ハンニバル』という三部作。ピレーネ山脈を越えて北イタリアからローマに向かって進軍していくハンニバル将軍が、鏡のように磨かれた剣に自分の姿を映して、問いかけるという物語です。上田先生は大絶賛してくれて、あれには勇気をもらったなぁ。

研修科は相川先生。僕の結婚式に招待して、「鈴木光司くんは才能がある」とのスピーチをいただきました。クラスのみんなと色んな話をしたのが思い出です。課題はペラ20枚なのに、勝手に分量を増やして30枚とか40枚とか書いていました。

そして森栄晃先生のシノプシス科に進級。企画書はプロットを書いてプロデューサーにアピールしなくちゃいけない。これはとても大事です。この頃から僕は小説1本に絞ったわけですが、森先生はすごく理解があって、僕はクラスで小説を朗読させてもらっていました。枚数は400字詰で30枚、40枚。

作家集団に進むと、それまでは完結できなかった小説も50枚くらいの短編として発表できるようになりました。7~8年は在籍していました。

シナリオ・センターでのトレーニングは、小説を書くのに非常に役立ちました。シナリオって映像を浮かべなくちゃ書けないでしょう。登場人物のディテールだけでなく、背景にはどんな道路があるか、どんな風が吹いているのか、そういった風景まで思い浮かべるものですよね。たまに、読んでいてちっとも頭に入ってこない小説があります。あれは書いてる人間が風景を思い浮かべていないから。同じようなことを志賀直哉も言っています。

強烈なインスピレーションがやってきた
――『リング』誕生

1989年3月頃、強烈なインスピレーションがやってきました。あの時の感覚は今でもはっきり覚えています。雲の切れ間から光がバァーっと射してくるような感じ。

「500枚で画期的な小説が書けるから、今すぐワープロの前に座って取りかかれ」という、指令に近い感覚。どんな物語かまでは教えてくれなかったけれど、画期的なものになるからと。本当かなぁ? インスピレーションはものすごく信じるタイプなので、これは正解だと思ったんですね。

実際に書いてみると、どんどんアイデアが出てきて、書けた作品を毎週シナリオ・センターで発表したんです。400字で30枚くらいずつ。クラスのみんなは、聴くのを楽しみにしてくれて、そのために出席するようになっていました。

『リング』を読んだ方は分かると思うんだけれど、大体30枚から40枚ごとに一つの「ヤマ」があります。シナリオ・センターで発表する時に聴いてくれていた15人ぐらいのギャラリー、仲間たちの心を掴んで面白がらせなくちゃいけないから、一回ごとに山場のある作りになっていったというわけ。

200枚を超えたあたりでタイトルをつけようと思い、辞書をめくっていたら「リング」の項目でなぜか指が止まった。

さらに今度は物語の展開上どうしても超能力を持った若い女性のキャラクターが必要になった。そこで図書館に行って『超心理学者福来友吉の生涯』という本と出会った。それこそタイトルが拡大してきて目に飛び込むような感じでね。こういった出会いというのは、書店や図書館ならではでしょう。

迷うことなくその本を借りて読んでみたところ、明治末期から大正初期にかけて超能力実験を行った福来友吉博士と、超能力実験の被験者として女性超能力者がいたことがわかりました。有名なのは御船千鶴子。福来友吉と御船千鶴子をモデルとして伊熊平八郎と山村志津子を作り、山村志津子と伊熊平八郎の間に生まれた子を貞子としました。貞子は架空の人物です。

こうして完成した作品が500枚ジャストで、たった3ヶ月で書き上げました。シナリオ・センターの仲間たちからの感想を直に聞いて、僕は小説家としてやっていけるという自信を深めて、『リング』を当時、角川(現・KADOKAWA)が主催していた横溝正史賞という文学賞に送ったところ、3ヶ月後に角川の編集長から電話がかかってきて「一度お会いしたい」と。

それで編集長に会ったら「『リング』は候補作の1本であり、これが一推しです」と言ってくれた。受賞したも同然だと思って、喜び勇んで家に帰って、妻に「今まで苦労かけたな。なにか欲しいものないか」と取らぬタヌキの皮算用。

待っていたら横溝正史賞の選考会を迎え、ドキドキしながら待っていたら、8時半に電話がかかってきて、震える手で受話器を耳に当てたら聞こえてきたのが落選の通知。恐怖のどん底に叩き込まれましたよ。

皆さん、『リング』を「怖かった怖かった」って言ってくれるけれど、僕はあの時のほうがずっと怖かった(笑)。お先真っ暗で。選考委員のやつらは見る目がないって罵ってばかりいたんだけど、自分にできることは新しい小説を書き上げることだけだ、と思い直して、次の小説に取りかかりました。それが『楽園』という小説です。

これは壮大なラブストーリーで、ユーラシア大陸で、愛する妻を他の部族によってアメリカ大陸に連れ去られてしまった主人公が、1万年以上かけて妻を取り戻す話です。

これも3ヶ月で書き上げて、当時新潮社で主催されていた「日本ファンタジーノベル大賞」に応募したら、2ヶ月後に編集長から電話かかってきて、「『楽園』が最終候補作の中の1本になりました」と。選考会で優秀賞となり、1990年の夏、作家デビューを果たしました。すべてシナリオ・センターのおかげといっても過言ではありません。

デビュー作は新潮社からの『楽園』ということになります。賞が取れてデビューできたので、角川も1991年6月に『リング』を出してくれたのですが、全然売れない。初版7千部で終わり。

なのに「すごく怖い小説があるよ」という評判が口コミで広がった。その2ヶ月後には映像化の話が殺到。映像化したいプロデューサーや監督らと面接をして、角川の担当が「誰が一番良かったですか?」というので、一瀬隆重の名前を挙げました。

日本の『リング』シリーズは全部一瀬がプロデュース、ハリウッド版『ザ・リング』にも関わっています。そして中田秀夫監督。中田監督は当時まだ日活の助監督でした。そのあと彼がどうなったかというと、ハリウッド版『ザ・リング2』を監督して、ビバリーヒルズにコンドミニアムを買った。

鈴木光司と仕事をした人間はみんな出世するのです。でもある占い師から「悪霊のクリスマスツリー」って呼ばれたことがあるんですよ。「鈴木光司の背後には、巨大なツリーがあって、悪霊がいっぱい取り憑いていて、近づくとその悪霊が乗り移って悪いことが起きる」ってね。「面白いこと言うなあ」と思って。僕にしてみれば全部善霊ですよ。ものすごい数の善霊が憑いていると思いますから、皆さんは安心してお持ち帰りくださいね(笑)。

構想が芽吹いたのは15年前
――『ユビキタス』の完成に辿りつくまで

新作『ユビキタス』に出てくるダムは、実際にバイクで見に行きましたね。見るだけで写真は撮らない。とにかく見て、その場の雰囲気をこの肌に染み込ませる。僕の文章を読んで読者の感覚にどのような変化を起こさせるのか、そこに留意しています。まずシーンが頭に浮かぶこと。極端に言うと、匂いまで感じてほしい。物理的には不可能ですが、そこまで読者の知覚に働きかける。それが僕の小説の「極意」だと思っています。

これをホラーに使うとめちゃくちゃ怖くなる。幽霊は出さずに、雰囲気だけを克明に書けばいい。今もプロデューサーには「幽霊は絶対出すなよ」と言っています。中田監督にも言ったんだけど、でも貞子がテレビから出てきた。苦肉の策でこうやって出してきたのかと、これはいいじゃないかと思いました。

制限の中からアイデアが生まれますから、制限が大切。いつも打ち合わせで言うのは、「僕の世界観をきちっと理解してほしい」っていうこと。僕は本を書くために、独自の世界観・宇宙観というものを築いている。人真似では絶対にダメなんです。

『ユビキタス』は、ヴォイニッチ・マニュスクリプトという世界最難関の暗号文書がモチーフの1つになっています。過去に多くの学者たちが挑んで解読できなかったのですが、この作品では主人公・露木眞也がその本質に迫り、植物が意志を持っていると解読する。僕自身が解読に挑んで解釈したことを、主人公の口を借りて語らせているわけです。

45億年前に太陽系ができて、それから5億年ほど経って地球上に生命が誕生したと言われています。地球生命がどのように進化して、今の我々に到達しているのか、この流れをまず理解する。宇宙がどのように変化してきたか理解する。地球の生命史については専門書も多いですが、ほとんどは動物を扱っていて、植物は全く隅に追いやられている。

植物を主体にして生命史を眺め直した時に、自分独自のアイデアが生まれてきたわけです。27億年前に酸素発生型の光合成をするシアノバクテリアが太陽の光を浴びて、地球上には酸素が増えていった。酸素を体の中に取り入れて動く動物が出てくる。まず植物が生まれ、植物によって生存環境が整備され、5億年ぐらい前のカンブリア期の生命多様性爆発によって多種多様な動物が出現した。そう考えると、生命樹の幹は植物じゃないか、植物の働きをもう一度洗い直してみようと。

例えば酸素が増えればオゾン層ができる。すると太陽のエネルギーをじかに浴びて危険な状態にあった地表に、動物にとって都合のいいエネルギーだけが入ってきて、過ごしやすくなる。すると植物が海から上がっていき環境を整えたところで動物に上陸するよう働きかける。植物が先回りして動物が生きられるようにお膳立てをしたとしか思えない。

植物は動物に何を求めているのか、どのように生きてほしいと求めているのか。植物は動物に動き回ることを望んでいます。昆虫が動き回ってくれないと花粉も運んでくれない。動き回る動物のチャンピオンはというと、人間ですね。人間だけがアフリカ大陸から出てシナイ半島を通過してユーラシア大陸に乗り込んで、そのまま全世界にはびこった。こんな動き方するのは人間だけ。

地球の4大文明すべてが温暖な地域で生まれている。温暖化ってものすごい恩恵を与えるんですよ。温暖化より寒冷化の方がはるかに大被害を生む。これまでの歴史上で悲惨な出来事が起こってるのは全部寒冷化の時です。

そうして1万年前に全世界に人類がはびこった。1492年にコロンブスが大西洋を横断してアメリカに到達すると、すでに到達していた先人たちがそこに住んでるわけですね。その時にコロンブス変換と呼ばれる現象が起きました。その一つが植物です。

人間がヨーロッパから植物を持ち込み、アメリカ原産のものを世界にばらまいた。要は運び屋です。植物から見たら、人間は最高の運び屋、蜂などよりもすごい働きをしてくれたわけです。ところが、人類が植物の願いを無視して動かなくなってしまったら、植物は人間にどのようなお仕置きをするのか。

自分なりにヴォイニッチ・マニュスクリプトを言語的に分析した結果、この世界最難関の暗号文書が書かれた場所は、マヤ地方ではないかと予測された。マヤ文明に詳しい早稲田大学の教授に会って話を聞いたところ、ナワトル語に近いそうです。文書の中に植物のイラストがたくさん描かれているんですが、それと似た植物が育っているのが、マヤ地方なんです。この2点の一致を見て、僕はヴォイニッチ・マニュスクリプトがマヤ文明の地域で書かれたと確信しました。

誰が書いたかというと、当時ヨーロッパから宗教的な弾圧を受け、アメリカ大陸にやってきた異端の一派です。ヨーロッパの文明と現地の文化が混ざり合った。この説を唱えているのは、世界中で僕だけです。取材して得た考えというよりは、僕の頭の中に流れ込んできたインスピレーションが元になっているからです。

では、これをどうやって物語に載せるかというところが非常に難しい。僕は執筆時間よりも、思索している時間が圧倒的に長い。考えてると時々ご褒美としてインスピレーションが湧く。何も考えてないと、まったく降ってこない。『ユビキタス』の構想が芽吹いたのが15年前だから、執筆に7、8年はかかっている。説明が長くなると物語のドライブ感がなくなっちゃう。書いては削るという方法で結局900枚になりました。

いま勉強中の皆さんには、「どれだけ常識外れなことをやれるか」を心がけてもらいたい。

僕は完全な昼型タイプです。夜は寝ると決めていて、絶対に徹夜はしません。

執筆スタイルは長年変わっていません。仕事は朝の10時から夜の8時くらいまで。1日の仕事が終わったら必ず原稿をプリントアウトします。翌朝10時にそれを取り出して、推敲し、続きを書いていく。その繰り返しで、だんだんと原稿が長くなっていきます。キーボードと手書きの半々ぐらい。手書きを折り混ぜると、文章が良くなるんです。

『リング』を書いてる時もそうだったんですが、僕はプロットやあらすじを一切考えない。自由に原野を走っていくイメージ。うまくいく時もあれば、いかない時もあるけれど、自分の小説に対してフレキシビリティを確保しながら書き進めます。

作家によっては、最後の1行を決めてから書く、という人もいますが、僕の場合は自分自身が早くこの物語を知りたいという欲求で筆が進む。書く以外この物語の展開を知る方法はない……となれば疾走感が出てきます。

いま勉強中の皆さんには、「どれだけ常識外れなことをやれるか」を心がけてもらいたい。

日々、意識することによって、自分でなければ書けないものが、書けるようになってくると思います。表現者として成功したいと思うなら、第一にしなければならないのは「リスクを取ること」。人と同じことをやってると安全かもしれないけれど、ものすごく損をする。

人と同じことをやらないように。そして自分独自の世界観を築くように。それが皆さんのオリジナリティ溢れる表現につながると思います。しかし、これをやるの本当に勇気が要ります。表現するためには勇気を持ってくださいね。お願いします。

僕がちょっとでも皆さんの心の中に火を灯すことができたとしたら、とても嬉しいです。というのもシナリオ・センターは僕にとってものすごく恩のある場所だから。そこに通っている皆さんが、一人でも多く自分の目的を果たすことができるように祈っています。

出典:『月刊シナリオ教室』(2026年4月号)より
採録ダイジェスト★Theミソ帳倶楽部
「小説家・鈴木光司さんの根っこ書き続ける創作の秘訣」
鈴木光司(小説家)
2026年1月10日採録

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プロフィール:鈴木光司

1990年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し作家デビュー。
1991年に刊行された『リング』は映画化され大ヒットを記録。ジャパニーズホラーブームの火付け役となった他、本作で登場する“貞子”は日本の女性幽霊の定番に。
『リング』の続編『らせん』で吉川英治文学新人賞を受賞。
その他、小説は『ループ』『バースデイ』『エス』『タイド』『楽園』『仄暗い水の底から』『シーズ ザ デイ』『神々のプロムナード』『樹海』『ブルーアウト』『ユビキタス』等多数。
テレビドラマ『あの子が生まれる…』『OTHELLO』では原作・脚本を担当。

「基礎さえしっかりしていれば、いま書いているライターぐらいには到達することは可能です」

これはシナリオ・センター創設者・新井一の言葉です。

映像シナリオの技術を知っていると、テレビドラマや映画などの映像作品以外のもの、例えば小説やマンガ原作を書くときにも活用することができます。人間を描くすべての「創作」に応用できる映像シナリオの技術が身につく基礎講座は、全部で3種類あります。

①シナリオ作家養成講座 

②シナリオ8週間講座

③シナリオ通信講座 基礎科

期間や学び方に違いはありますが、どの講座もすべてカリキュラムはシナリオ・センター創設者 新井一著『シナリオの基礎技術』を基にしています。

「いきなり申し込むのはちょっと不安……」という場合は、無料で資料をご請求いただけます。詳しくは講座のページへ

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