ケースワーカーとしての10年
私がシナリオライターになろうと思ったのは30歳の時で、シナリオライターになってからは27年になります。もうすぐ30周年が近づいてきているという感じです。
私は20歳の時から10年間、区役所の福祉事務所という、今話題にもなっている生活保護を担当するケースワーカーをしていました。生活保護だけじゃなく、身体障害者や高齢者や母子家庭とかあるんですが、ほぼすべて担当し、いろいろな人と接する仕事をしていました。
ですからハタチで、老後の話とか、アル中のお父さんと向かい合って話すとか、今思うと結構ハードなことをやっていました。
10年経つ頃には「一生、社会福祉に身を捧げよう」と決意していたんです。ところが「課税課」への転属を言われました。福祉関係をやる気マンマンでしたから、そんなの冗談じゃないと区役所の職員課に乗り込んでいった。
資格だっていっぱい持ってるし、福祉関係はそもそもみんなやりたがらない。そんな仕事を自分からやりたいって言ってるのに、なんでやらせないんだ!って、職員課長相手にケンカして、「撤回しないなら辞めるぞ!」って言ったら、パッと退職届を出されちゃった。
後ろを振り向いたらギャラリーがいっぱいいて引っ込みがつかなくなって、「辞めてやるよ!」って。家に帰ったら、みんなから電話が掛かってきて、「謝って、2~3年課税課で頑張って、また福祉で頑張ればいいじゃない」って言ってくれたんですが、もう退職届出しちゃったもんはしゃーないなと思って、腹をくくって退職しました。
公務員というのは失業保険がないので翌月から無収入です。退職金も出ましたが、すぐに困窮し、これは困った、いよいよ働かなきゃいけないと。
私は10年間他人のお世話をしてきて、精神的にはたくさんのものを得たり与えたりしてきたけど、形には何も残らなかった。例えばビルを建てる仕事をしている人なら、「これは俺が造ったんだ」とかあるのに、私には何もなかった。だからこれからの人生は何か形に残る仕事がいいなと思いました。
そして考えたのが、陶芸家と音楽家だったんですが、どちらも無理で諦めたんですが、たまたまシナリオ・センターに通っている友達がいて、「失業してやることないなら、シナリオライターになれば?」って言ってきたんです。「そんな簡単になれるの?」「結構なれるらしいよ」って(笑)。
そこで初めてシナリオのことを知って、「ちょっとやってみてもいいかな……」くらいの感覚でシナリオ・センターに来ました。