彼の夢はみんなで叶えた夢
ドラマの『天皇の料理番』には原作があり、ドラマ化も3度目です。昔、TBSの日曜劇場で『天皇の料理番』をやったところ、当時非常に強力だった裏番組を抜いて、初めて結果を残せた……と、ある方から聞きました。
今年はTBS開局60周年ということで、もう一度そういう心掛けでやってみたらどうだろうということと、話自体も非常にシンプルで力強いのでよいのではないか、ということで、この企画に決まりました。
原作ものをやる場合、初めに読んだ時のファーストインパクトがとても大事です。
読み返せばいろんなことが見えてくるんですけれども、まずは大掴みの印象ですね。例えば好きか嫌いかとか、この主人公ちょっとムカつくなとか(笑)、この人、もうちょっとこうだったらいいのにとか……。
こぼれ落ちたものというのは後で拾うこともできるんですが、初めの出会いは一度しかない。その印象を大事にすることを心掛けています。
この『天皇の料理番』の主人公、秋山篤蔵は実際にいらっしゃった方で、非常にヤンチャでエネルギッシュなんですね。ドラマの冒頭でも、おもらしをしたり、川べりで用を足している人を突いたりしていましたけど、原作を読むと、もっとひどいことをやっている(笑)。現実にここまでヤンチャな人がいるんだなあという感じです。
その一方で、それだけのエネルギーが溢れかえっていることが彼の才能で、ドラマで一番見せていきたいと思ったところです。
何をやっても飽きっぽい人が、夢を見つけて、夢に向かって進んでいく話。もちろんお料理に対する天賦の才もあったとは思いますが、一番の才能は、何かに向かって走って行けるエネルギー。
それが間違った方向に行くと、ひどいイタズラになったりするわけで(笑)。私としては、そういうところが非常に面白かった。綺麗で立派なだけじゃない、エネルギーはいい方向にも悪い方向にも振れますから、その両方を見せていけたらいいなと思いました。
これはサクセスストーリーです。主人公が夢に向かって進んでいき、階段を昇っていく。実は私はこういう話はちょっと苦手で……(笑)。
サクセスした人はいいかもしれないけれども、みんながみんなサクセスにたどり着くわけではない。本人のやる気や巡り合わせ、環境、健康、そういったいろんな条件が揃った場合だけだと思うんです。
この主人公は、人に優しいとか人徳があるとかではまったくない(笑)。ただただ、エネルギーがあるだけ。そんな人が成功していくのは面白いけれども、共感することは難しいと思いました。
じゃあ、どうしたらいいのか。誰かが夢を叶えていく過程では、後押しをする人間が必ずいると思います。
スポーツの世界では顕著ですが、例えば高橋大輔選手のお母さんが、衣裳にひとつひとつスパンコールを縫い付ける人でなかったら、彼はあそこまでいっただろうか、とか。コーチの方もそうだと思うんですが、周りの人の人生をすべて背負って、最終的に花が咲くものなんじゃないかなと。
花を咲かせるために水やりをする方の人だったら、私は苦も無く共感できると思いました。毎日ご飯を食べさせている子どもがいい成績をとったら、そりゃ嬉しいじゃないですか。
その感情は持ちやすいし、共感しやすいので、そこをガッチャンコして、「夢は一人で叶えるものじゃない」「彼の夢はみんなで叶えた夢なんだ」っていう形にしようと考えたんです。こうしてドラマの大きな構造が決まりました。これが企画主旨ということになりますね。
ドラマには刑事ものとか教師ものというように、いろんな種類がありますが、全部まとめて「ドラマは変化である」。これ、今でもシナリオ・センターの教室で口を酸っぱくして言われていることだと思います。
今回のドラマでは、「変化」というのは主人公の成長しかないんですね。これはドラマにする時に怖いところで、他に布石が打てない。
実際にベースとなった人もいる話なので、なかなかぶっ飛んだ設定にはしにくい。つまり主人公の成長を延々と見せていく他ない。そうなると初期の人物設定がすべてとなります。ここで失敗すると、取り返しのつかなくなることがあります。