1989年3月頃、強烈なインスピレーションがやってきました。あの時の感覚は今でもはっきり覚えています。雲の切れ間から光がバァーっと射してくるような感じ。
「500枚で画期的な小説が書けるから、今すぐワープロの前に座って取りかかれ」という、指令に近い感覚。どんな物語かまでは教えてくれなかったけれど、画期的なものになるからと。本当かなぁ? インスピレーションはものすごく信じるタイプなので、これは正解だと思ったんですね。
実際に書いてみると、どんどんアイデアが出てきて、書けた作品を毎週シナリオ・センターで発表したんです。400字で30枚くらいずつ。クラスのみんなは、聴くのを楽しみにしてくれて、そのために出席するようになっていました。
『リング』を読んだ方は分かると思うんだけれど、大体30枚から40枚ごとに一つの「ヤマ」があります。シナリオ・センターで発表する時に聴いてくれていた15人ぐらいのギャラリー、仲間たちの心を掴んで面白がらせなくちゃいけないから、一回ごとに山場のある作りになっていったというわけ。
200枚を超えたあたりでタイトルをつけようと思い、辞書をめくっていたら「リング」の項目でなぜか指が止まった。
さらに今度は物語の展開上どうしても超能力を持った若い女性のキャラクターが必要になった。そこで図書館に行って『超心理学者福来友吉の生涯』という本と出会った。それこそタイトルが拡大してきて目に飛び込むような感じでね。こういった出会いというのは、書店や図書館ならではでしょう。
迷うことなくその本を借りて読んでみたところ、明治末期から大正初期にかけて超能力実験を行った福来友吉博士と、超能力実験の被験者として女性超能力者がいたことがわかりました。有名なのは御船千鶴子。福来友吉と御船千鶴子をモデルとして伊熊平八郎と山村志津子を作り、山村志津子と伊熊平八郎の間に生まれた子を貞子としました。貞子は架空の人物です。
こうして完成した作品が500枚ジャストで、たった3ヶ月で書き上げました。シナリオ・センターの仲間たちからの感想を直に聞いて、僕は小説家としてやっていけるという自信を深めて、『リング』を当時、角川(現・KADOKAWA)が主催していた横溝正史賞という文学賞に送ったところ、3ヶ月後に角川の編集長から電話がかかってきて「一度お会いしたい」と。
それで編集長に会ったら「『リング』は候補作の1本であり、これが一推しです」と言ってくれた。受賞したも同然だと思って、喜び勇んで家に帰って、妻に「今まで苦労かけたな。なにか欲しいものないか」と取らぬタヌキの皮算用。
待っていたら横溝正史賞の選考会を迎え、ドキドキしながら待っていたら、8時半に電話がかかってきて、震える手で受話器を耳に当てたら聞こえてきたのが落選の通知。恐怖のどん底に叩き込まれましたよ。
皆さん、『リング』を「怖かった怖かった」って言ってくれるけれど、僕はあの時のほうがずっと怖かった(笑)。お先真っ暗で。選考委員のやつらは見る目がないって罵ってばかりいたんだけど、自分にできることは新しい小説を書き上げることだけだ、と思い直して、次の小説に取りかかりました。それが『楽園』という小説です。
これは壮大なラブストーリーで、ユーラシア大陸で、愛する妻を他の部族によってアメリカ大陸に連れ去られてしまった主人公が、1万年以上かけて妻を取り戻す話です。
これも3ヶ月で書き上げて、当時新潮社で主催されていた「日本ファンタジーノベル大賞」に応募したら、2ヶ月後に編集長から電話かかってきて、「『楽園』が最終候補作の中の1本になりました」と。選考会で優秀賞となり、1990年の夏、作家デビューを果たしました。すべてシナリオ・センターのおかげといっても過言ではありません。
デビュー作は新潮社からの『楽園』ということになります。賞が取れてデビューできたので、角川も1991年6月に『リング』を出してくれたのですが、全然売れない。初版7千部で終わり。
なのに「すごく怖い小説があるよ」という評判が口コミで広がった。その2ヶ月後には映像化の話が殺到。映像化したいプロデューサーや監督らと面接をして、角川の担当が「誰が一番良かったですか?」というので、一瀬隆重の名前を挙げました。
日本の『リング』シリーズは全部一瀬がプロデュース、ハリウッド版『ザ・リング』にも関わっています。そして中田秀夫監督。中田監督は当時まだ日活の助監督でした。そのあと彼がどうなったかというと、ハリウッド版『ザ・リング2』を監督して、ビバリーヒルズにコンドミニアムを買った。
鈴木光司と仕事をした人間はみんな出世するのです。でもある占い師から「悪霊のクリスマスツリー」って呼ばれたことがあるんですよ。「鈴木光司の背後には、巨大なツリーがあって、悪霊がいっぱい取り憑いていて、近づくとその悪霊が乗り移って悪いことが起きる」ってね。「面白いこと言うなあ」と思って。僕にしてみれば全部善霊ですよ。ものすごい数の善霊が憑いていると思いますから、皆さんは安心してお持ち帰りくださいね(笑)。