営業で「お客様の立場に立つ」とは、具体的に何をすればいいのでしょうか。
大切なのは、お客様の言葉をよく聞き、その人が持つ背景・事情をつかむことです。そして、そこで得た情報を「伏線」として使い、お客様にとって商品がどう役立つのかを伝えていく。シナリオを書くときの発想と技術は、そのための具体的な方法を示してくれます。
シナリオの技術を営業に生かすポイントは、次の3つです。
・お客様の感情セリフを拾う
・感情セリフの奥になる背景・事情をつかむ
・背景・事情を伏線として提案に使う
営業とシナリオには、どのような関係があるのか
シナリオ・センターでは、2010年からシナリオをツールにした「一億人のシナリオ。」プロジェクトを開始。小学校から大学、企業、公共施設などで、「想像力・創造力」を豊かにするための講座を実施しています。
今回の記事では、2013年10月から2020年1月までの間、毎年にわたって大手住宅メーカーの全国10拠点で実施してきた営業担当者向けの研修を、実際に担当してきたシナリオ・センターの新井一樹自ら振り返ってみたいと思います。(こちらの記事は、月刊『シナリオ教室』14年3月号の原稿を基に再作成しています)
本研修の内容は、住宅メーカーだけに使えるスキルではありません。
「若手が商品説明ばかりしてしまう」「ヒアリング研修をしても質問項目を順番に聞くだけになる」「『お客様の立場に立て』と指導しても、具体的な行動に落ちない」という問題を解決したい営業研修をお探しの人事・営業教育担当の方の参考にしてもらえたらうれしいです。
なぜ、営業研修でシナリオを扱うのか。
実は、営業とシナリオには濃い結びつきがあるのです。
お客様が知りたいのは「私にとって役立つのか」
「ホットコーヒーをお願いします」
喫茶店でそう注文したのに、アイスコーヒーが出てきたら、「えっ、ちょっと!」となります。
寒いから温かいものを飲みたい。その人には、そんな背景があります。そして、温かいものを飲んで暖まりたいという事情があります。
アイスコーヒーでは、その背景・事情にそぐわないのです。
同じようなことは、私たちの会話でも起きています。
例えば、シナリオ・センターの受講を検討している人が、小説家志望だったとします。
その人が一番知りたいのは、「なぜ『シナリオの基礎技術』によって700名もプロが生まれたのか」ではありません。
本当に知りたいのは、「シナリオを学ぶことが、私の書きたい小説に役立つのか」です。
講座の受講を検討するときも、住宅の購入を考えるときも、誰もが固有の背景・事情を持っています。
お客様の背景・事情に沿って話すことで、初めて「それが知りたかった」「なるほど、私に良さそうだ」と思ってもらえるのです。
営業でお客様の立場に立つには、セリフから背景・事情をつかみ、それを伏線として提案に生かすことが必要です。シナリオの技術は、この一連の流れを具体的な方法として教えてくれます。

商品説明だけでは、お客様の立場に立った提案にならない
研修を実施していた大手住宅メーカーには、商品力に対する自信があります。しかし、競合もまた同じように高い商品力を持っています。そこで差別化する決め手になるのが、営業担当者の商品説明力ではなく、お客様にとって、どういいのかを提案する提案力です。
にもかかわらず、若手の営業担当者は、どうしても商品説明が多くなりがちです。
お客様が求めているのは、単なる商品説明ではありません。知りたいのは、その商品が「自分たちの生活にとって、どのように良いのか」です。
そこで、日本流通研究所の代表取締役社長の佐々木一輔さんとシナリオ・センターの新井一樹が、「シナリオの発想と技術を使った折衝スキルアップ研修」を共同で開発しました。
北海道から九州まで、全国10カ所の拠点で、2年目の営業担当者を対象に実施した研修です。
研修の目的は、商品説明の量を増やすことではありません。
お客様の背景・事情をつかみ、その人に合った提案ができるようになることです。
営業でシナリオ発想が役立つ理由
お客様は、なぜ住宅展示場に来たのでしょうか。
そして、どのような生活を実現したくて、展示場に足を運んだのでしょうか。
この背景と事情をつかみ損ねれば、お客様との信頼関係は生まれません。喫茶店でアイスコーヒーを出されたときと同じように、「えっ、ちょっと!」となってしまいます。
営業担当者に必要なのは、お客様の背景・事情をつかむための発想と技術です。
そこで、シナリオの発想と技術が効果を発揮します。
シナリオを書くときには、すべての登場人物について、キャラクターや背景・事情を考えます。自分が描きたい主人公だけを考えていても、ドラマは成立しません。
研修では、まず日常の営業活動とは関係のない恋愛シナリオを書きます。
ワイワイガヤガヤとシナリオを考えるなかで、相手の背景・事情を想像する「シナリオ発想」を身につけていくのです。
お客様のアンチテーゼを理解する
住宅展示場を訪れるお客様は、期待だけを持っているわけではありません。
「買えたらいいな」と期待する一方で、営業担当者に売り込まれないか、無理に買わされないかという不安も抱えています。
住宅の場合は、「そもそも自分たちに購入できるのか」という不安もあります。
営業担当者には、「自社の商品を購入してほしい」というテーマがあります。それに対して、お客様には「このメーカーは良さそうだけれど、決めてしまって大丈夫かしら」というアンチテーゼがあります。
アンチテーゼとは、営業担当者の提案に対して、お客様の側に生まれる反対の思いや迷いです。
これは、ドラマの構成と同じです。
だからこそ、営業担当者はお客様のセリフを聞き逃さず、言葉の奥にある背景・事情をつかまなければいけません。

お客様のセリフから感情をつかむ
ドラマのセリフには、主に3つの機能があります。
・事実を知らせる
・人物の感情を表す
・ストーリーを展開させる
この3つの機能は、お客様や営業担当者のセリフにも当てはまります。
なかでも大切なのが、お客様の感情を表すセリフを拾い、そこから会話を広げることです。
例えば、お客様が住宅展示場で、次のように口にしたとします。
・「いまの家は寒い」
・「広くて素敵」
・「便利そう」
こうした感情セリフの裏には、お客様固有の背景・事情があります。
営業担当者が拾うべきなのは、言葉の表面的な意味だけではありません。なぜ、そのお客様がそう感じたのかです。
「英会話セリフ」が尋問のような会話を生む
お客様の背景・事情をつかもうとするあまり、営業担当者が陥りやすいのが「英会話セリフ」です。
英会話セリフとは、あらかじめ想定した答えを相手に言わせるための問いかけです。
営業担当者が折衝に必要な情報を集めようとして、用意した質問を次々に投げかける。すると、お客様は尋問を受けているような気持ちになります。
質問の数を増やせば、お客様のことを理解できるわけではありません。
大切なのは、お客様が自然に発した感情セリフを拾い、その言葉を起点に会話を広げていくことです。
そのために研修では、「リトマスを掛ける」という方法を使います。リトマス法とは、相手に働きかけ、その反応から言葉になっていない感情や事情をつかむ方法です。営業では、お客様に一方的に質問するのではなく、自然な投げかけに対する反応を見ていきます。
さらに、「ストーリーを展開させる」ための共感セリフと展開セリフを使います。これは、『シナリオの基礎技術』にあるセリフの機能を基に作った、この営業研修ならではのセリフのカテゴリーです。
受講生からは、次のような感想がありました。
「いままでは、家の話に無理やりつなげていた。これからはお客様の言葉にしっかりと共感し、背景・事情をつかんでいきたい」中四国エリアを担当する受講生
営業担当者は、お客様の背景・事情を「伏線」にする
自社の商品がどれほど素晴らしいかを説明しても、それだけではお客様には響きません。
お客様の背景・事情をつかみ、その情報を「伏線」として提案に生かす必要があります。
営業における伏線とは、会話のなかで得たお客様の背景・事情を、後の説明や提案につなげることです。
伏線を使うことで、商品の一般的な長所ではなく、「この商品がお客様にとって、なぜ良いのか」を根拠を持って説明できます。
それによって、お客様の不安を取り除き、期待を膨らませることができます。
これは、お客様を言いくるめることとは、まったく異なるアプローチです。
「お客様の立場に立つ」を具体的な行動に変える
ビジネスの世界では、「お客様の立場に立て」とよく言われます。
教育の世界でも、「友達のことを考えてごらん」と言われます。
しかし、相手の立場に立つために、具体的にどこを、どのように考えればよいのかまでは、なかなか示されません。
シナリオを書く発想と、人に伝える技術のなかに、その答えがあります。
相手の立場に立つとは、漠然と相手を思いやることだけではありません。相手のセリフを聞き、その人のキャラクターや背景・事情を考え、自分の伝え方に反映させることです。
今回の研修は、『シナリオの基礎技術』を下敷きに、日本流通研究所の佐々木社長と共同で開発しました。
日本流通研究所は、大手住宅メーカーや自動車メーカーの営業スキル養成に40年以上携わってきました。
営業とシナリオという二つの視点を組み合わせることで、独自の研修になったと考えています。受講生からも、次のような感想が寄せられました。
「お客様の立場に立つという意味が分かった。お客様の背景・事情をくみ取って、効果的な説明ができるようになりたい」九州エリアを担当する受講生
「お客様の立場に立つ」とは? まとめ
営業で大切なのは、商品の良さを一方的に説明することではありません。
お客様のセリフを聞き、その言葉の奥にある背景・事情をつかむ。そして、その情報を伏線として使い、「この商品がお客様にとって、なぜ良いのか」を伝えることです。これは、住宅に限ったことではありません。実際、様々な業種で営業研修も実施しています。
「お客様の立場に立つ」という抽象的な言葉を、具体的な行動へ変える。そのために、登場人物の背景・事情を考え、セリフと伏線を使って物語を展開するシナリオの技術を、営業というフィールドでも役立ててもらえたと思います。
「日本中の人に、シナリオを書いてもらいたい。」と思っているシナリオ・センターの新井一樹でした。












