脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画や、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにも興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。映画から学べることがこんなにあるんだと実感していただけると思います。そして、普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その113-
『隣人たち』ミステリーの手法としてヒッチコックから学ぶ
実にオーソドックスにミステリー、スリラー、サスペンス映画として楽しめる『隣人たち』です。
本作は、2018年ベルギー映画『母親たち』のハリウッドリメイク。オリヴィエ・マッセ=ドゥパス監督が、リメイク版も演出予定だったけれど降板、撮影監督だったブノワ・ドゥロームが急遽、初監督となったとか。
ベルギーの作家バーバラ・アベルの原作を、新人サラ・コンラットが脚色。
さて本作は、監督や製作陣が最も大事にして、目指したのが「ヒッチコックタッチ・テイスト」だったということ。
アルフレッド・ヒッチコック。
その名前は聞いたことがあるけど……という反応が今や多いかもしれません。亡くなったのが1980年ですから、もう半世紀近く経っていて、数々の名作群もすでに古典に入るのかもしれません。
でもしかし、この『隣人たち』がそうであるように、今なおヒッチコックは生きていて、世界中の映画人のみならず、広くミステリー作品を創作しようとする人間にとって教科書であり、目標の映画作家です。
断言しますが、「ヒッチコックを見てない人は作家にはなれません」。
「私が目指すのは恋愛物、人間ドラマ、ファンタジー」といった人も同じ。
ヒッチコックは確かに、“スリラーの巨匠”と称されますが、男と女の恋愛感情だったり、人間の欲望や精神性が、主人公はもちろん登場人物一人ひとりに色濃く反映されていて、サスペンス性を高めています。
ともあれ、物語をおもしろく運ぶ作劇術といった面でも、学ぶべき点は無数といっていい。
ということで「今回のここを見ろ!」は、「ヒッチコックタッチが、物語をおもしろくする」です。
作劇術の前に、ヒッチコック映画はヒロイン、すなわち俳優さん(昔流の言い方だと女優)が大きな要素を示します。多くの場合、ヒッチコック好みのブロンド美人だったりするのですが。
例えば動物パニック映画の嚆矢『鳥』は、ティッピ・ヘドレンですが、本作の2人の主人公の一人、アリス(ジェシカ・チャステイン)の登場シーンは、まさに彼女のヘアースタイルと衣装を彷彿とさせます。
もう一人のセリーヌ(アン・ハサウェイ)も同様。またこの二人が生きている空間は、1960年頃のアメリカの豊かな中産階級の住宅街というのも、ヒッチコックがよく使った舞台設定となっています。その他にも、あちこちにヒッチコック作品へのオマージュ的なシーンや撮り方を潜ませています。
そうしたディテールも見比べてほしいのですが、何といっても注目したいのは、物語全体を引っ張るミステリー要素。
ある事故(事件?)から、堅い絆で結ばれていた隣人同士のアリスとセリーヌの間に、取り返しのつかないヒビが入ってしまい、やがて破滅に至る裂け目にまで発展してしまう。
このシチュエーションは、今のドラマとかにも充分に使えますね。
そこに至る過程を、じわじわヒリヒリと見せていくのですが、重要なのは、観客を引っ張る要素としての「真実は?」の配分。
例えばヒッチコック作品で、そうした謎でひっぱるのは、『断崖』『疑惑の影』『白い恐怖』など。結末とかが大きく異なるこれらの作品ですが、ヒロインの視点から引っ張る手法を『隣人たち』が、見事にすくい取りつつ、さらに変則技で活かしていることが分かります。
その変則技でいうと、ヒッチコックの代表作の『サイコ』は、冒頭から前半部の主人公はヒロインのマリオン(ジャネット・リー)ですが、中盤からはモーテル店主のベイツ(アンソニー・パーキンス)に変わってしまう。
『隣人たち』の二人の描き方も、なるほど、といった転換で運びます。
さらにどう物語を着地させるか?
本作のおもしろさ、意外性を皆さんはどう判断するか?
そこもヒッチコック映画でおなじみの余韻だったりします。
ともあれ未見の方、どの作品も今見てもヒッチコックはおもしろい。配信などでいいのでぜひご覧ください。たくさんのヒントが得られます。
ちなみにガイドブックとしてオススメは『定本・映画術 ヒッチコック・トリュフォー』(晶文社)です。
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映画『隣人たち』ショート予告
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-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その114-
『ラスト・サバイバー』ディストピア映画に必要なことこそリアリティ
リドリー・スコット監督の新作『ラスト・サバイバー』です。
御年88歳! 衰えなんて感じさせず、この先どうなる? と観客をぐいぐいと引っ張るおもしろさと、「こうなるか!」という意外性に満ちた傑作です。
個人的に、リドリー・スコットは、新作が出ると必ず映画館に駆けつけてしまうほど心待ちにしている監督の一人。
思い返すと、最初に驚嘆したSF映画こそ1979年『エイリアン』。ご存じのように、その後いろいろな監督によってシリーズ化された傑作ホラーSFですが、この第一作の衝撃がすべての原点になっています。
続いて82年の『ブレードランナー』は、また別の衝撃。さらに『ブラック・レイン』『テルマ&ルイーズ』『グラディエーター』と、どのジャンル作品も新しさとおもしろさに満ちた映画を撮り続けています。
このコラムでは第51回に名門グッチ家内でうごめく人間の“欲望”が物語を創る『ハウス・オブ・グッチ』を取り上げました。
さて、『ラスト・サバイバー』は、ピーター・ヘラーの原作を、『マーターズ』(リメイク版)や『レヴェナント 蘇えりし者』などの脚本のマーク・L.スミスが脚色しています。
ジャンルとしては、いわゆる「近未来ディストピアもの」。
「ディストピア」の意味はご存じでしょうか?
理想郷を表す「ユートピア」の反対の暗黒世界、反理想郷を示していて、そうした社会を舞台にした映画や物語のこと。
近未来型のSFでよく使われる設定で、皆さんが提出する作品やアイデアでも、それなりに登場します。それらの作品に抱く印象に多いのは、「うーん、ありがち……」「似た世界設定があった気がする」で、共通する欠点があるとすると、ベースとなっている世界のディテールが詰められていない、すなわちリアリティに欠ける、弱いといったことに集約されるように思います。
例えば、独裁者が支配する警察国家で、レジスタンス活動をしようしている主人公たちの物語。
あるいは、人の生死(寿命)が国家とかに決められていて、その決定から逃れようとする人たちの話。
また、近年で多いのは、AI(アンドロイド)が人間を管理している社会で、自我を貫こうとする人間が……といった、まさにディストピア社会ものです。
上記の“2番目”、に近い映画としては、このコラム第60回で取り上げた『PLAN75』。近い将来の高齢化が際立った日本で、75歳になると安楽死を選べる社会になっていて、という設定でした。
この『PLAN75』もディストピアものなのですが、今我々が生きている現実そのままに、この非人間的制度が施行されている。まさにリアリティが詰められた設定で描かれていて、観客に刃を突きつける物語になっていました。
これに対して、本作だったり、上記のリドリー・スコットの傑作SFである『ブレードランナー』などは、現実世界とはかなりかけ離れているディストピア社会とされています。
大きく分けると、ディストピアものには、この二つのパターンがあるように思います。
で、そのどちらにも踏まえる点こそが、その設定を成立させるためのリアリティ。
今回の「ここを見ろ!」はまさに、ディストピアもの、近未来型SFものを描こうとする際には、まずはこのリアリティをおろそかにするな、です。
『ラスト・サバイバー』は、謎のパンデミックで人類の大半が死滅した世界となっていて、森の中の一軒家から、愛犬のジャスパーを乗せた一機の黄色いセスナ機が飛び立ち、人影のまるでない廃墟となった大都市へと降り立つ。セスナ機のパイロットはヒッグ(ジェイコブ・エロルディ)で、警戒しながら街に残されている燃料や資材を集めて廻る。
ヒッグには元軍人のバングリー(ジョシュ・ブローリン)の相棒がいて、彼は一軒家に侵入しようとするよそ者を、容赦なくライフルで狙撃して殺します。この世界では、わずかな仲間以外の人間はすべて敵。殺さないと生き残れない世界になっているから。
そんな絶望的な世界で、希望を求めてセスナ機で彷徨うヒッグの物語が、アクショナブルかつドマラチックに展開していきます。新たな出会いがあり、さらなる絶望もあって、主人公の再生が痛いほどに胸に迫ります。
生き残るために、侵略者をことごとく殺さなくてはいけないというリアルさ。主人公のヒッグ自身も、他のサバイバーから見ると侵略者に過ぎない。その絶望的な状況で、いかに希望を見いだすか?
このテーマ性が揺るがないことで、感動を呼ぶというところも体感してください。
▼20世紀スタジオ 公式チャンネル
映画『ラスト・サバイバー』新予告編
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