◆「我流で描いてきたけど、このままでいいのかな」と感じたとき。
それは基礎を固めるタイミングのサインかもしれません
日本テレビが主催する、次世代のスター脚本家を発掘するプロジェクト「日テレ シナリオライターコンテスト2025」。今回で開催3回目。
※これまでもシナリオ・センター生&出身生の方が受賞されています。
▼落選・駄作・グダグダを経て賞をとるまで/日テレシナリオライターコンテスト2024
▼好きなことや得意ジャンルを書く/日テレシナリオライターコンテスト2023
今回は、応募総数1254編(前回954編)の中から、大賞1作品、佳作3作品、特別賞2作品を選出。
そのうち、シナリオ・センター出身の4名の方が受賞されました。
★大賞
『神田家の男運と愛のあれこれ』村田浩子さん(元本科)
★佳作
『さよなら観覧車』久保田彬穂さん(元通信基礎科)
★特別賞
『夏空に煙は消える』早藤崇さん(元研修科)
『父を捨てる旅』渡瀬碧さん(元通信基礎科)
◆基礎を抑えてから、自分の表現スタイルで描き続ける
今回、受賞を記念して4名の皆さまに、次の3点を伺いました。
・受賞作のあらすじと、「今回ここをこんなふうにこだわった!」というPRポイント
・本作を書こうと思ったキッカケ
(シナリオ・センターでの学びが役立ったことがあれば併せて)
・コンクール受賞を目指す方へ向けた「シナリオ・センター活用法」やオススメの勉強法
シナリオ・センターでの受講をご検討中の方にとっては、「入ったら、こういうふうに学びを活かしていけばいいんだ」という具体的なイメージが湧く内容になっています。
そして、4名の言葉から強く伝わってくるのは、“基礎をしっかり身につけたうえで、自分ならではの表現スタイルを編み出していく”という姿勢です。
創作には「こうでなければならない」という決まりはありません。
その自由さこそが、創作の楽しさを支えているのだと思います。
これからご紹介するコメントを読んでいただくと、「自分らしく書いていこう!」
そんな前向きな気持ちが自然と湧いてくるはず。
脚本家を目指す方に、ぜひお読みいただきたい内容です。
◆大賞『神田家の男運と愛のあれこれ』村田浩子さん(元本科)
「シナリオ・センターでは書くための技術と胆力の両方を磨くことができた」

――受賞作のあらすじとPRポイント
〇村田さん:あらすじは――
男運が無い「神田家」の女性陣。夫の浮気が原因で10年ぶりに故郷に戻って来た主人公は、大好きだった父親を追い出した母親、痴呆症になった後も亡くなった祖父のことになると血気盛んになる祖母と再び暮らし始め、愛とは何なのか、家族とはどういう存在なのかを再確認するお話です。
舞台を地方の小さな田舎町とし、ストーリー展開もシンプルにした分、主要キャラクターを個性的にし、テンポの良いセリフまわしを意識することで、観る側を飽きさせないよう工夫しました。
――本作を書くキッカケ
〇村田さん:作品に出てくる主人公の祖母・希子は、私の父方の祖母がモデルです。
祖母の姿を見ていて「愛って摩訶不思議だな」と感じたのが、本作を書くキッカケになりました。
――コンクールでの受賞を目指す方に向けた「シナリオ・センター活用法」
〇村田さん:何事も基礎・基本が大事だと考えているので、シナリオ・センターでシナリオの「シ」の字から正しく学べたことが現在の土台になっていると思います。
執筆は孤独な作業ですが、クラスメートと切磋琢磨したことが書き続ける原動力にもなりました。
アイデンティティは大切にしつつ、作品への批評やもらったアイデアを素直にどんどん吸収し、自分のものにしていくしたたかさも必要だと思います。
書くための技術と胆力、シナリオ・センターでは両方を磨くことができました。
◆佳作『さよなら観覧車』久保田彬穂さん(元通信基礎科)
「セリフの奥にある心情を表現したいと思うようになったのは
“セリフは嘘つき”のおかげ」

――受賞作のあらすじとPRポイント
〇久保田さん:あらすじは――
『あの観覧車に乗った二人は別れる』。そんなジンクスのある観覧車が今日、終わりを迎える。
最後の観覧車に乗るのは三組の男女。20代のカップル。幼馴染の高校生。熟年夫婦。
それぞれが複雑な想いを抱えながら、相手と向き合い、自分と向き合い、過去と向き合う。
そんな三組のしずかな別れの話。
PRポイントは――
ほとんどワンシチュエーションの会話劇なので、テンポ感よく書くということを意識しました。
個々の会話自体もそうですが、三組いるので切り替えをこまめにすることで間延びしないようにしました。
また、ただのカップルに見えて実は違うというような“裏切り”も意識して入れましたが、もっと時間をかけて練りたかったという気持ちです。
――本作を書くキッカケとシナリオ・センターでの学びで役立ったこと
〇久保田さん:私は何かが終わることに魅力や美しさを感じることがあり、別れを肯定的に描きたいと思い、この作品を書きました。
シナリオ・センターでの学びの中では“セリフは嘘つき”という言葉が印象的でした。
脚本を書くとき、ドラマを観るとき、現実で人と接するときにいつもこの言葉が浮かびます。
「セリフの奥にある心情を表現したい」と思うようになったのはこの言葉のおかげです。
――シナリオ・センター活用法やオススメの勉強法
〇久保田さん:私は通信講座でお世話になりました。
時間がない方も遠方の方も、対面が苦手な方も通信講座なら通いやすいと思います。
いただいたテキストを改めて読み返してみると為になることが多く、読み物としても面白いです。
今回は締め切りギリギリで書き終えたので推敲する時間がなかったのですが、次回はテキストを参考に推敲しようと思いました。
私はシナリオ・センターと他の脚本講座で基礎を学んだ後、スクール等には通わずに独学でやってきました。
脚本は誰かに見せた方がいいとよく言われますが、自信の無さや恥ずかしさから見せることができませんでした。
そのせいで遠回りをしたかもしれませんし、そのおかげで続けられたのかもしれません。
何をやった方がいいなどと偉そうに言える立場ではありませんが、自分に合ったやり方で続けていくしかないのかなと思います。
◆特別賞『夏空に煙は消える』早藤崇さん(元研修科)
「ストーリーではなくドラマを、
というシナリオ・センターの教えが根付いていました」

――受賞作のあらすじとPRポイント
〇早藤さん:あらすじは――
中学生の西井綾人は、事故死した兄、蒔人の初盆を迎えている。
蒔人の死亡事故の原因は、飲酒運転の暴走車から小学生を庇ったことによるものだった。
蒔人の死はマスコミにも取り上げられ、賞賛されていた。
綾人は父親が痴漢で捕まり、クラスで孤立した同級生、峻希を庇った。
だが、「かわいそう」と言ったせいで逆に峻希から恨まれ、カツアゲされている。
兄の遺品になかった「キーホルダー」を密かに探している綾人は、兄の恋人だったしおりに接触を図る。
偶然、峻希にその現場を見られてしまう。
峻希と共にしおりと現在のしおりの恋人らしきレオの尾行をする。
さなか、峻希と揉めた動画配信者芝崎の報復に巻き込まれてしまう。
峻希が逃げ、暴行を受ける綾人は、しおりに助けられる。
しおりに事情を話すが、キーホルダーのことは知らない。
紹介されたレオは弁護士で、よかったら友達の力になると言う。
自宅でしおりに借りたカーディガンを洗おうとした綾人は、洗濯機の下に落ちていたキーホルダーを発見。
蒔人の机の鍵のかかった抽斗を開く。中にあったのは子どもの盗撮写真だった。
綾人は人格者とみられていた兄の癖をただ一人知っていたのだった。
ちょうどそこに峻希がやってくる。互いの苛立ちをぶつけ合い、乱闘になる二人。
峻希は写真を見てしまう。
「正しいことがわからない。助けて」と叫ぶ綾人に「かわいそうだな」と言葉を返す峻希。
写真を燃やすことを提案する。二人で写真を灰にする。
後日、しおりに会う綾人。「間違ったことをした」という綾人の告白に何かを察し、「君の間違いなんて取るに足らない」と言葉をかける。綾人はわだかまりを解消した峻希と夏空の下を自転車で走っていく――。
PRポイントは――
「誰かをかわいそうと思うこと=よくないこと」という空気感や、人は一面だけじゃないのにレッテルを貼られてしまう危うさを書こうと思いました。
審査員の方たちには中学生二人の葛藤と友情の描写を評価していただけました。
写真を燃やすシーンなど、映像的に書くことができたのではないかと思います。
――本作を書くキッカケとシナリオ・センターでの学びで役立ったこと
〇早藤さん:かねてから脚本家志望でした。
藤石波矢のペンネームで10年以上小説家の仕事をしているのですが、小説に比べてより多くの人たちに言葉や物語を届けられること、リアルタイムで感想を受け取れるドラマはやはり魅力的だなと思っていました。
シナリオライターコンテストはファイナリスト以上にライターズベースの参加資格が与えられる可能性が高いと知り、応募することにしました。
シナリオ・センターで学んだ基礎的な書き方は、ちゃんと覚えていました(笑)
主人公に葛藤させること、視覚や音で読み手に訴えるト書きを意識すること、など当時教えられたことが生かせたと思います。
一番はストーリーではなくドラマを、という教えが根付いていました。
一般論の正解ではなく主人公のたどり着く解答を誠実に書こうと意識しました。
――シナリオ・センター活用法とオススメの勉強法
〇早藤さん:シナリオ・センターでは基本的な書き方や型を身につけられます。
課題もしっかり見てくれるので自分に不足していることがわかりやすいと思います。
おすすめの勉強法などと言うのはおこがましいのですが、やはり数を書くことでしょうか。
日の目を見なくてもストックがあればいつか使えることもあります。
ドラマ、映画、本でもいいのですが、好きな作品があったら「どういうところが好きなのか」(好きじゃない作品に出合ったときはどこが苦手なのか)を考えて言葉にできるようにしておくのも、自分の創作の方向性を定めるのに生かせると思います。
◆特別賞『父を捨てる旅』渡瀬碧さん(元通信基礎科)
「シナリオ・センター創設者・新井一 著『シナリオの基礎技術』のある一節に出会ってしまった」

――受賞作のあらすじとPRポイント
〇渡瀬さん:受賞作『父を捨てる旅』は、新宿駅南口の雑踏から始まります。
45歳の大浜陽介は「徳之島まで」と書いた段ボールを掲げて立ち尽くしていました。
そのリュックには、孤独な幼少期を強いた父への憎しみと、亡き父の遺骨が入っています。
彼を拾ったのは、同い年の男・川島浩二。陽気に見える川島ですが、実は借金と自己嫌悪から家族を捨て、車の助手席には練炭、懐には記入済みの離婚届を忍ばせ、死に場所を探す旅の途中でした。
軽トラを「ウミガメ号」と名付け、ぎこちなく始まったおっさん二人のロードムービー。
陽介にとってこの旅は、父の遺言「故郷の海に散骨してくれ」という願いを叶える形を借りた、父を物理的にも心理的にも「捨てに行く」ための儀式だったのです。
しかし、旅は九州で陽介の実母・文江との再会を果たしたことで一変します。母が何気なく出したのは、父と陽介しか飲まないはずの奇妙な飲み物「麦茶牛乳」。その味と共に明かされたのは、出産後に心を病んだ母を守るため、父があえて悪役になり、男手一つで息子を育て上げたという真実でした。
陽介は、何も語らず逝った父の不器用すぎる愛を知り、心を激しく揺さぶられる、という物語です。
今作で最もこだわった点は、「人間を描くこと」です。
ここで言う「人間を描く」とは、物語の初めから終わりまで、人間(キャラクター)としての芯がブレることなく観客を魅了し続けられるかどうか、ということです。
構成や小道具、メタファーといった技術、あるいは人物の登場・退場の仕方や画面内での動かし方といった技法については、指南書を読めばおおよそのことが書いてあります。
その通りに脚本を書けば、一定程度のクオリティは担保されるでしょう。
しかし、「人間の描き方」だけは指南書が存在しません。
作家が百人いれば、人間の描き方も百通りある。公式など通用しないのです。
この「人間の描き方」こそ、作品に個性を出す最後の砦であり、これが「作家性」だと思っています。
だからこそ私は「自分にしか描けない人間」をとても大事にしています。
――本作を書くキッカケとシナリオ・センターでの学びで役立ったこと
〇渡瀬さん:正直に申し上げると、本作『父を捨てる旅』を書こうと思った明確な「キッカケ」は、実はありません。
ただ、その「キッカケのなさ」自体には、私なりの理由があります。
私は日頃から、目についたシナリオコンクールに片っ端から応募することを自分に課しています。
なぜそんなことをしているのかと言えば、新井一先生の『シナリオの基礎技術』のある一節に出会ってしまったからです。
そこには、シナリオを独学で志す人々が二つのタイプに分けて描かれています。
一つは、仲間と映画論を語り合い、同人誌を作っては数号で息切れしてしまう「映画青年」タイプ。
もう一つは、理論書にも同人誌にも頼らず、名作の構成をひたすら分析・研究し、昼間働きながら夜になると机に向かって黙々と脚本を書き続け、落選しても落選しても応募を重ねる、いわば「シナリオナイター」というべきタイプです。
この一節を読んだとき、私は雷に打たれたような気持ちになりました。
ああ、自分は後者でありたい、と。
それ以来、「落ちても落ちても、とにかく次を書いて送る」ということを、半ば意地のように自分に義務づけてきました。
しかし、この生活を続けているうちに、一つの壁にぶつかりました。
それまで私は、自分自身の実体験や、身近な人間関係をそのまま脚本の舞台に置き換えて書く、というやり方を取っていたのですが、この方法だと、書ける作品はせいぜい2、3本で頭打ちになってしまうのです。
当たり前のことですが、一人の人間が実際に体験できることには限りがあります。
「シナリオナイター」であろうとするならば、落選しても落選しても、間を置かずに次の一本を書き続けなければなりません。実体験というリソースは、その物量にはとても追いつかないのです。
そこで私は、自分の書き方そのものを変えることにしました。
テーマも、舞台も、シチュエーションも、すべて自分の実体験からではなく、ゼロから組み立てる。
その代わり、組み立てたディテールの端々に、これまで自分が感じてきたこと、経験してきたことを滲み込ませていく。
そういう書き方に切り替えたのです。
この方法に変えてから、私は自分の人生の本数に縛られることなく、次から次へと脚本を書き続けられるようになりました。
『父を捨てる旅』も、こうした流れの中で生まれた一本にすぎません。
ですので、「なぜロードムービーという形式を選んだのか」「なぜ主人公をおっさん二人にしたのか」「なぜ父を捨てるというテーマなのか」と聞かれても、実のところ、これといって明確な答えは持ち合わせていないのです。
すべては、「自分にしか描けない人間」をゼロから探求し続けた結果、自然とこの形にたどり着いた、というのが正直なところです。
シナリオ・センターで得たものの中で、私にとって一番の財産は、特定のテクニックというよりも、この「シナリオナイター」であろうとする姿勢そのものだったのかもしれません。
落選という結果に一喜一憂せず、ただコツコツと机に向かい続けること。
その積み重ねの延長線上に、たまたま『父を捨てる旅』という一本があった。
これからも私は、この姿勢を崩さずに、書き続けていきたいと思っています。
――コンクールでの受賞を目指す方に向けてメッセージ
〇渡瀬さん:シナリオ・センターでは、本当にたくさんの技術を教えていただけます。
構成の組み方、人物の登場・退場のさせ方、伏線の張り方や回収の仕方など、脚本を書く上での「型」と呼べるものは、真剣に学ぼうとすればいくらでも吸収できる環境がそこにはあります。
ですので、コンクールでの受賞を目指す方には、まずシナリオ・センターで教えてもらえる技術は貪欲に学んでほしいと思っています。それは間違いなく、あなたの脚本の土台になってくれます。
ただ、その上で一つだけお伝えしたいことがあります。
それは、「脚本」というものは、技術だけでは語りきれない部分をたくさん抱えている、ということです。
技術を学ぶことは、もちろん大切です。
しかし、学んだ技術という「型」に、自分自身をはめ込んでしまわないでほしいのです。
脚本は、システムでもプログラミングでも数学でもありません。
正しい手順を踏めば、必ず正しい答えにたどり着く、というような性質のものではないはずです。
だからこそ、好きなように、書きたいように書いてください。
それが、私からの一番大きなメッセージです。
私にとって、シナリオ・センターで学んだ技術は、あくまで「手札」のようなものです。
手札は、多く持っていればいるほど、選択肢が広がります。
しかし、その手札をどう使うかは、完全に自由なのです。
ある場面では、その技術を丁寧に使って、型通りに美しく組み立ててもいい。
ある場面では、その手札をあえて投げ捨てて、型を無視した書き方をしてもいい。
使いたくなければ、破いてしまってもいいし、そもそも手にすら取らなくてもいい。
大切なのは、「手札を持っていること」そのものではなく、「その手札を、自分の意志でどう扱うか」なのだと思います。
技術に振り回されて、「これを学んだのだから、これを使わなければならない」というように義務感で書いてしまうと、脚本から自分自身の熱量が抜け落ちてしまう瞬間があります。
逆に、技術という手札をしっかり持った上で、それを自分の意志で好きなように使いこなせたとき、そこに初めて、その人にしか書けない脚本が生まれるのだと思っています。
ですので、これからコンクールを目指す方には、こうお伝えしたいです。
シナリオ・センターで、たくさんの技術という手札を、まずはしっかり手に入れてください。
そして、その手札を手に入れたあとは、どうかその型にハマらないでください。
好きなように、書きたいように、あなた自身の脚本を書いてください。
◆シナリオコンクール受賞を目指しているアナタへ
今回ご紹介したコメントから、創作に向き合う“四者四様”の姿勢や想い、そしてそれぞれが大切にしているこだわりを感じ取っていただけたのではないでしょうか。
さらに、脚本家デビュー前の段階から、すでに自分ならではの表現スタイルを模索し始めていることにも気づかれたはずです。
こうした“自分のスタイルを編み出す力”は、シナリオを描くための確かな基礎力があるからこそ育まれるものだと思います。
「この描き方でいいのかな……」「我流で描いてきたけどこのままでいいのかな……」
そんな不安を抱えながらコンクール受賞を目指している方は、ぜひ一度、シナリオ・センターの基礎講座へいらしてください。ご自身に合った学び方で、描き続けられる力をしっかり身につけていただけます。
▼詳しくは基礎講座ページへ
(シナリオ作家養成講座とシナリオ8週間講座はオンライン受講も可能です)
※シナリオ作家養成講座とシナリオ8週間講座は講座内容を少し体験していただける機会もございます。












