menu

脚本家を養成する
シナリオ・センターの
オンラインマガジン

シナリオ・センター

シナリオのヒントはここにある!
シナリオTIPS

シナリオや小説についてなど、創作に役立つヒントを随時アップ!ゲストを招いた公開講座などのダイジェストも紹介していきます。

小説の新人賞で落とされないために

「シナリオのテクニック・手法を身につけると小説だって書ける!」というおいしい話を、脚本家・作家であるシナリオ・センター講師柏田道夫の『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(「月刊シナリオ教室」)からご紹介。
小説の新人賞では、神視点で描いたものは落とされてしまうことがあるようで。でも、なぜでしょう? 今回は、柏田講師がその理由を具体的に説明いたします!

プロット的文体って?

小説における「人称」と「視点」についての続きです。

何度も述べていますが、シナリオは基本的に客観視点、いわば神視点、三人称多視点で書かれます。

小説も神視点で書かれているプロ作家の作品もそれなりにありますので、神視点が絶対にNGということではありません。

ただし、小説の新人賞などでは、視点の混在、神視点で書かれた小説はマイナス点がつけられることが多く、特に視点を理解しないまま書いていると見なされると、それだけで落選とされる場合も。

もうひとつ、脚本を書いていた人が小説を書く際の大きなメリットのひとつ、「映像表現イメージ」は、欠点となってしまうことも稀にあります。ト書的な文章で綴ることで、いわゆるプロット(あらすじ)文体になりがちなのです。

 

神視点で書くとプロット的になることも

脚本家が現場で仕事をすると、企画書を作ることを求められたりするのですが、そこに添えられるのが、ストーリーを要約したプロットです。

プロットはセリフを適宜入れたりしますが、小説的な細かい描写は邪魔になることもあり、できるだけ簡潔な文体で書かれます。

しかも、要約ですからまさに神視点で書かれることが多い。この書き方に慣れたまま脚本家が小説を書こうとして、ついプロット的になってしまったりする。

例えば、

いつものように大混雑の渋谷の街。
いかがわしい界隈に続く道玄坂を佐倉と真美が登って行く。
固い表情の真美を佐倉が見てニヤリと笑った。
佐倉はキャバクラのスカウトマンで、田舎出の真美を捕まえたのだ。
真美はそんなことはまるで知らない。
「どこへ行くんですか?」
不安そうな真美の呟きに、慣れた口調でいう佐倉。
「大丈夫だよ。ボクを信用してよ」

こうした文体で書かれたものが「プロット(あらすじ)的小説」で、ここまでではないにしろ、かつて大流行した小さな画面で読む「ケータイ小説」などでは、通用していました。

実際、「小説講座」などで、受講生の皆さんに宿題を出していただくと、こうした文体で書かれた習作が珍しくありません。

神視点であることや、ト書調の体言止め、現在形、さらには短いセンテンスの連なりがプロット文体になってしまう原因です。

そこを直すだけで小説的な表現に近づきます。真美の三人称一視点にしてみます。

いつもそうなのだろう、渋谷の街は大混雑していた。
「道玄坂」と書かれたプレートの坂を、真美は佐倉と共に登って行った。風俗店のけばけばしい看板や、ラブホテルのネオンが真美には眩しいけれど、佐倉は目をくれず、ニヤリと笑った。
「どこへ行くんですか?」
田舎者と思われたくなくて突っ張っていたけど、不安を隠せない声が出た。佐倉は慣れたふうな口調で真美にいった。
「大丈夫だよ。ボクを信用してよ」

違いがお分かりでしょうか?

どう書けば小説的で、こう書くと違うという線引きは明確には示せないのですが、ともあれ三人称であっても、視点者を固定することで、ト書調、プロット的な文章を避けることができます。

出典:柏田道夫 著『シナリオ技術(スキル)で小説を書こう!』(月刊シナリオ教室2015年3月号)より

次回は5月12日に更新予定です

シナリオ・センターの書籍についてはこちらからご覧ください。 

【要ブックマーク】これまでの“おさらい”は「シナリオ技法で小説を書こう」ブログ記事一覧で!

小説家・脚本家 柏田道夫の「シナリオ技法で小説を書こう」ブログ記事一覧はこちらからご覧ください。

 

過去記事一覧

  • 表参道シナリオ日記
  • シナリオTIPS
  • 開講のお知らせ
  • 日本中にシナリオを!
  • 背のびしてしゃれおつ