過去・未来1
シナリオ・センター会長の小林です。今日は台風の中どうしようかと迷われた方も多いかと思います。娘の会社はお休みの連絡が朝早くきました。私は、車で出社させてもらいました。
ご無事に過ごされたでしょうか。大きな災害が起きなければ良いがと祈るしか術がないのが悲しいです。
出身ライターの佐野誠さんは、東日本大震災以来、石巻へ毎年行かれています。今年もつい先日行かれたそうです。
「常磐道で大熊町を通過。チラリと福島第一が見えた。白く囲われた建屋と大きなクレーンがあったから間違いない。
その手前、高速の側には明らかに放置された田畑と長く伸びた雑草に埋もれてしまった家屋がある。そこだけ何とも言えない異様な光景だった。
風化などしていない。僕たちは絶対に忘れてはいけない。」(佐野さんのFBから)
どんなに辛いことでも忘れてはいけないこと、風化させてはいけないことがあります。その経験や思い出が未来を創るからです。
だけど、日本のお上はどうも過去をないがしろにする、いやないがしろにしているつもりではなく、自分のこと以外興味がないだけなのかもしれませんが、ま、ともかく歴史、過去からまったく学ばないですね。
そんな何も学ばないお上たちに未来は創れない気がします。
「政府の発言と齟齬のある発言はしてはいけない」と企業に圧力をかけるような言論の自由も知らない、違法なことを平気でのたまうお上です。
「憲法改正」はもとより、「スパイ法」から、企業が同意なく個人の病犯歴を収集可能にする「個人情報改正案」、一般の会社員を予備自衛隊にできる「予備自衛官等兼業特例法案」とか、際限なくお上を逆らう人間を排除し、意のままに国民を動かそうとするお上は、あの暗黒の過去に私たちを引きずる戻そうとしているかのように見えます。
私たちは、未央来を創るために、目を光らせ、声を上げ続けなければならないと改めて思う昨今です。
過去・未来2
なにげなく、3年前に亡くなった所長の後藤千津子が遺した資料の保存箱に手を突っ込んでしまいました。
後藤は、その昔三里塚闘争で子どもの手を引いてデモったり、チッソ訴訟で一株株主になって戦ったりと、当時とすると珍しい己の信念で行動する女性でした。
私が、産後出社した時に「毎日、『今生の別れ』と思って子どもを置いてきなさい」といわれたことは今も忘れません。
人に子どもを預けていくのだから何があっても自分が責任を取る覚悟で仕事に臨めといわれたのです。肝に銘じて家庭と仕事を両立させてきました。
内館牧子さんのデビューの背中押ししたのも、そんな後藤です。
なのでプロになられた後も内館さんとは事あるごとに会っては、なかなか攻撃的?いや先鋭的なことを(笑)話していて、いつも圧倒されながらご一緒させていただいたものです。
後藤の保存箱から出てきたのは、週刊ポストの「朝ごはん、食べた?」(1993年から掲載)という内館さんの連載エッセイの一つでした。
シナリオのことが書かれていたので、取っておいたのでしょうか。
以前、内館さんがセンターでシナリオの講義をした時のことです。(一部抜粋)
『以前、シナリオ学校で「原稿用紙の使い方」という講義をしたことがある。
シナリオはト書とセリフで構成されるので、原稿用紙も普通の作文とは違う使い方をする。そのルールはシナリオを書く上での第一歩であり、その日の生徒たちも全員が新入生であった。
「なにか質問ありますか?」私が言うと、40代の女生徒が立ち、言った。
「張り切って、入学したのですがもうやめようかと思っています。自信喪失してしまいました。だって、私にはあんなセリフは書けませんもの。もうイヤになっちゃって・・・」
「あんなセリフって何を読んだんですか?」私が訊くと彼女は言った。
「向田邦子と山田太一です」平然と言って切ない溜息をついたりするのである。
原稿用紙の使い方を習っている女が、向田・山田という両巨匠と比べて「自信喪失」というのである。
私は、「そういう巨匠と比べずに内館牧子と比べなさい。私のレベルなら書けるでしょう?」と言った。
すると彼女は、「はい、センセのものは書けそうだねって、友達もみんな言っています」と爽やかに笑った。
私はシナリオライターをやめたくなった』
内館さんらしいウイットに富んだエピソードで、後藤が気に入ったに違いないとおもいながら、読みました。
私は、物書き(脚本家、小説家、作詞家、エッセイスト、絵本作家etcetc)のエッセイが好きです。そこに作家の視点、作家の眼が感じられるからです。
なるほどこの人はこういく考え方や想い方をするのか、共感したり反発したりしながら、だからこそそれぞれの作家の感性に触れた気がするのです。
内館牧子さんがセンターに講義にいらした時、こうおっしゃっていました。「毎日、短くていいので、エッセイを書くクセをつけなさい」と。
その時は、毎日20枚シナリオを描きなさいと勧めてくれればいいのにと、(内館さんはほぼ休まず20枚シナリオを50本書いた方です)思ったのですが、玉手箱をひっくり返した今、なるほどと思いました。
エッセイで作家の眼を養えとおっしゃっていたのですね。
創作で一番必要なものは、もちろん見せる技術、読ませる技術は欠かせませんが、それ以上に作者の、「作家の眼」、どう考えどう想うかが大切なのです。
30年以上の前のエッセイに再び教えられました。
もう、内館さんも後藤もそばにいない。何も語ってくれません。
寂しいですが、遺してくれたものの声が今もなお聴けることに歓びを感じます。













