小説の大切さ
シナリオ・センター会長の小林です。昨日は、鈴木光司さんのお話しをさせていただきました。
色々なことを思い出すたびに悲しくて、何故あんなにやろうとしていたことがいっぱいあったのに、亡くならなければいけなかったのかと、繰り返し思うばかりです。
鈴木さんが、あるインタビューで小説についてこう語っていらっしゃいました。
「小説家だからいうのではなく、小説はものすごく役に立つ。世界の仕組みを知ること、自分で考えることにもつながるし、読者が登場人物の視点に立てるから、新しいものの見方ができるようになり、世界が広がる。普通に生きていたら、自分の視点でしか物を見られないでしょ。これは、人生にとってものすごく大切な心や行動の訓練でもあると思う。」
鈴木さんのおっしゃる通りだと思います。
スマホを見る時間をちょっと休んで読書にあてたら、鈴木さんのおっしゃるように、また違った世界が広がると思います。
「文部科学省は11日、次期学習指導要領を議論する中央教育審議会(文科相の諮問機関)の作業部会で、高校の国語の科目構成を変更する案を示した。」というニュースを見て、ホッとしました。小説を増やすのだそうです。
一時、国語教育から小説を排除したので、文科省はろくでもない輩の集まりなのか?と思っていたのです。
今回、「小説に触れる機会を増やす」と言い出したのは、人工知能(AI)やSNSの普及を踏まえ、人間ならではの感性を育む狙いからだそうです。
「SNSの浸透、AIの発展を踏まえ、文科省は、人間同士のリアルなコミュニケーションの重要性が高まる中、自らの考えを表現し、対話する力の育成や、人間ならではの感性を育む学びが現状では不足していると判断。文理を問わず、表現や文学作品を学ぶ機会を増やす必要があるとした。」
そんなAIやSNSを持ちだすことがなくても、深い知性と教養を育てるには、子どもの頃から本に親しむことが大切だと親からも先生からもいわれていたので、「今更感」はありですが、それでも、気づいてくれたのなら、まあ良しとしましょう、万々歳。
勉強の為ではなく、人として育つために文学・美術・芸能はとても大事なものだと思っています。
とはいえ、図書館や博物館、美術館の予算を平気で切るような文化・芸術に無知なお上を持つ国ですから、本当に心配していたけれど、ちょっとだけですがよかったです。
紅葉山高校茶道部Ⅱ
出身作家の益田昌さんの本ができました。
「紅葉山高校茶道部Ⅱ~御礼茶会と散った椿~」
2023年に出版された「紅葉山高校茶道部」男子校の茶道部のお話し、覚えておいででしょうか。その第二弾が出ました。
前回は、高校にある茶室「紅葉楼」を壊すと言われて、なんとか遺そうと茶道部男子部員3人が中心になって奔走するお話しでした。
茶道への愛がいっぱいのお話しで、お濃茶が大好きな私は、口の中が抹茶の香りいっぱいになりながら読んだことを思い出しました。
今回は、クラウドファンディングで存続できるようになったお茶室で、返礼のお茶会三千服をたてることになった茶道部のお話しです。
少ない部員でどうやったら三千服も点てられるのか悩みながら、プログラミング部の1年生のおかげで申し込みフォームができたり、少ない部員を動かしてなんとか回せるようになったのですが、茶庭の花が誰かに切り落とされるという事件が。1年生の史弥は、自分の責任と一人で悶々しながら探すのですが、それを知った部長柊をはじめ部員たちも一緒に真相究明に乗り出します。その真相は思いがけないものでした。
高校生たちの青春、友情物語とミステリー、そして伝統と現代をうまく交差させながら、スピード感ある展開で話を運んでいきます。
益田さんは、一人ひとりのキャラクターをしっかりと創り上げ、単純にいい子で頑張る高校生たちではなく、それぞれの想いの中で葛藤し、悩みながら、事件に向かい、友情と向き合う姿を描くことで、単なる学園もので終わらせてはいません。
そして、鈴木光司さんがおっしゃったように、登場人物だけでなく、茶室の佇まい、茶庭、茶花等などの背景が目に見えるように描かれています。
この先も、主人公の柊初め、斗真、錦生、史弥などの成長を見ていきたいと思います。
そうだ!この本を文科省のお役人さん達にも読んでもらいたい。
勉強だけでなく、茶道を初めスポーツでもなんでも若いうちに色々なことをやることがいかに大切かということがわかりますから。
人はどうすれば成長していくのか、その成長にはなにが大事なのか、感じてください。
益田さん、パートⅢ楽しみにしています。











