脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画や、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにも興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。映画から学べることがこんなにあるんだと実感していただけると思います。そして、普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その101-
『F1(R)/エフワン』チームサクセスストーリーにも必要なドラマ要素
さて、本コラム101回目は、ブラッド・ピット主演『F1(R)/エフワン』(以下『F1』)。
監督のジョセフ・コシンスキー、プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー、脚本のアーレン・クルーガーらは、かの大ヒット作『トップガン マーヴェリック』のスタッフ。あの超音速戦闘機による空中バトルから、モータースポーツの花形「F1」のスピードの世界に生きるヒーローと、そのチームを描いた典型的サクセスストーリーです。
トム・クルーズ主演『トップガン』に対して、こっちはブラッド・ピット、ブラピ! それも幾分お歳を召した(トムもですが)、けれどもそれでもやっぱりカッコイイ、まさにスター、ブラピのための映画です。サーキットの向こうから、大きなバッグを抱えて颯爽と登場するシーンが二つほどありますが、まさに「待ってました!」と声をかけたくなります。
歌舞伎の掛け声というと、前回取り上げた『国宝』は3時間弱でした。こちらも155分という長さですが、まったく時間なんて感じさせないおもしろさ、迫力のレースシーンで見せます。『国宝』同様、この『F1』もまさに大スクリーンの、それもできるだけ音響のいい映画館で味わってほしい。
さて、本コラムではブラピの映画は第12回に、タランティーノ監督のかなりオタク的な『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と、第14回に一人称的SF映画『アド・アストラ』を取り上げていました。
この二本は変則型かもしれませんが、今回の『F1』は、スター・ブラピを輝かせる王道型のサクセスストーリーで、今回の「ここを見ろ!」はまさにここ。王道のストーリー展開をさせるために必要なこと、抑えるべきポイントです。
私は物語の基本的な図式として5つの型(「ロードムービー」「グランドホテル」「バディ」「サクセスストーリー」「巻き込まれ」)があると述べていますが、この中の「サクセス」は、誰もが共感しやすいテッパン構図です。
いつも述べているように、物語の主人公は「動機」があって、「目的」に向かって進む。ゆえに「貫通行動」となってストーリーが展開していく。「サクセスストーリー」は、主人公が勝利という最終目標を目指すべく、困難や敵と戦いながら進む。シンプルなこの構造こそが観客の心を掴みます。
ただし、物語構造はシンプルでも、サクセスの過程はシンプルであってはいけません。途中で挫折や敗北があったり、それこそドラマの要素である「対立」や「葛藤」をさせる。それこそが観客をハラハラドキドキさせられる。
前回の『国宝』も芸道物ですが、まさに吉沢亮演じる喜久雄のサクセスストーリーでもありました。ライバルであり相棒となる横浜流星の俊介との対立・葛藤がドラマ性を高めていました。どん底まで落ちた喜久雄が、俊介とバディとなり、磨き合うことで復活し、頂点を極める。
本コラム第99回の『かくかくしかじか』も主人公の明子が、漫画家を目指すサクセスストーリーでもあり、彼女を助けるバディとなる日高先生との物語でした。
さて、サクセスストーリーをおもしろくするには、頂点を目指す主人公を助けつつ、対立・葛藤を生む人物たちを巧みに配置することです。主人公と彼、彼女らが力を出し合うことで、栄光が輝くというクライマックスへ運ぶ。つまりチームサクセス物語とすることで、よりバリエーションをつけられる。
『F1』は、伝説的だけどすでにロートルとなったドライバーのソニー(ブラピ)が、どん底F1チームに加わる。そこの新人ドライバー、ジョシュア(ダムソン・イドリス)がいて、対立しつつ最後に欠かせない相棒となります。チーム内のメンバーたちとぶつかりながら、勝利を目指していく。
第53回の『ドリームプラン』は、テニスでチャンピオンを目指す親子チームのサクセスストーリーでした。この構造を持つ映画はたくさんあります。弱小草野球チームに天才少女投手が加わる『がんばれ!ベアーズ』。かるた競技でチャンピオンをめざす『ちはやふる』。ロックで頂点を極めようとするフレディ・マーキュリーと仲間たちの『ボヘミアン・ラプソディ』。一流ファッション誌の世界で、一人前になろうとする『プラダを着た悪魔』などなど。
要はどの世界で頂点を目指そうとするか? スポーツ競技、文化芸術、ビジネスの世界だろうと、基本構造をしっかりと踏まえて、人物たちとの葛藤、対立、カセを織り込んでいけるか? そうした当たり前の造りの重要さも教えてくれる痛快作が『F1』です。酷暑もぶっとばすエンタメ体験をしてほしい。そこからどんな世界を描くかは、あなたのアイデア次第です。
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-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その102-
『ファンファーレ!ふたつの音』クライマックスとエンディングの作り
少々、間が空きましたが、フランス映画の『ファンファーレ!ふたつの音』をご紹介します。フランス本国で260万人動員したという大ヒット音楽映画。脚本・監督は『アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台』のエマニュエル・クールコル。共同脚本イレーヌ・ミュスカリ。
ご存じのように、総合芸術といわれる映画は、音楽や音の入れ方がとても重要になります。当然音楽と相性もよく、音楽そのものや、音楽家を描いたいわゆる音楽映画には、名作がたくさんあります。
アマチュアの楽団が音楽を通じて成長したり、奮闘したりという作品だと、田舎の女子高生たちが、ビッグバンドを組む矢口史靖監督の『スウィングガールズ』(2004)。リバイバル上映されている、女子高生4人が「ザ・ブルーハーツ」のコピーバンドで、文化祭に挑む山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』(2005)。
外国だとイギリスの炭坑の町のバンドを題材とした『ブラス!』(1996)や、バラバラになった楽団員を再結集させる『オーケストラ!』(2010)は、大好きな音楽映画です。このコラムでは第22回に、ミージカルスターだったジュディ・ガーランドの生涯を描いた『ジュディ 虹の彼方に』(2019)や、第95回にボブ・ディランの若かりし日を描いた『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2024)を取り上げています。
こうした名作例を挙げてみると、音楽映画はアマチュアが頑張る物語、もしくはプロになろうとするサクセスストーリーと、プロの音楽家の物語、その生涯を辿ったり、音楽に命を燃やす人間ドラマに大別できます。
さて、今回の『ファンファーレ!ふたつの音』は、プロの音楽家である著名な指揮者の兄のティボ(バンジャマン・ラヴェルネ)と、アマチュア楽団のトロンボーン奏者の弟ジミー(ピエール・ロタン)の二つを、絶妙にミックスさせた音楽映画になっています。サブタイトルの「ふたつの音」がそれを示しています。まず、この組み合わせでひとつの映画にしよう、と思いついたところがアイデアでしょう。
異なる音楽の世界にいた兄弟の物語とするために、それぞれの境遇と、相まみえることになるストーリー展開に工夫が凝らされています。才能溢れる指揮者の兄ティボは、白血病となってしまい、適合する骨髄を探すことから、出生の秘密を知ることになります。
その経緯で、生き別れていた弟のジミーがいることが判明して、40年近くぶりに兄弟のご対面ということに。兄はオーケストラのスター指揮者、弟は地方の炭鉱で働くメンバーによる吹奏楽団員という、同じ音楽とはいえ、天と地ほどの違う生活と立場にいる。中年期になってから新たに始まる兄弟の、「音楽」を仲立ちとした感動のドラマの顛末は、じっくりとご覧下さい。
さて、今回の「ここを見ろ!」はそうした絶妙な設定のうまさに加えて、【起承転結】の【転】、すなわちクライマックスの作りについて。
上記の『ジュディ 虹の彼方に』は、ジュディ・ガーランドが亡くなる直前のロンドン公演を、物語のクライマックスと想定することで、ここを起点として全体構成が作られていると述べました。これに対して『名もなき者』は、スターへの足がかりをつけるボブ・ディランの、若き日の伝説的なコンサートをクライマックスとして、若き時期の数年間だけを切り取り、それ以後に関しては描かれていません。
で、『ファンファーレ!ふたつの音』は、プロである兄のひとつの頂点の局面と、アマチュアの弟の晴れ舞台の二つの場面を、やはりミックスさせてクライマックスとしています。しかもそこにもっていく運びで、ドラマとして最高潮に盛り上げて、観客の感動を呼ぶ見事な構成となっています。しかもそこで披露されるのは、まさにフランス人のソウルミュージックです。
ところで【起承転結】の【転】は、物語のテーマを訴えて、一番盛り上げる局面とする。そして【結】は、そのテーマの定着を計るのですが、できるだけすみやかに終了させて、観客に余韻を与えるようにすべき、と教えられたはず。
その点でも『ファンファーレ!ふたつの音』の【結】を確認してほしい。実はここに至るまでに、兄と弟、それぞれに大きな試練があるのですが、それについて余計な説明はされずに、観客に委ねられています。
▼松竹チャンネル/SHOCHIKUch 予告編
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