脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画や、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにも興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。映画から学べることがこんなにあるんだと実感していただけると思います。そして、普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その99-
『かくかくしかじか』自らの体験をフィクションとする時の心得
話題作の『かくかくしかじか』です。その話題の一環は、作品本来についてではなかったりするのですが、そんなことでこの映画のおもしろさ、感動は損なわれません。ぜひぜひ映画館で体験して、涙してほしい。
『ママはテンパリスト』『海月姫』『東京タラレバ娘』などの売れっ子漫画家・東村アキコさんが、2015年にマンガ大賞を受賞した自伝的本作の映画化。東村さんご自身が脚本も書き(『彼女と彼氏の明るい未来』などの伊達さんが共同脚本)、『地獄の花園』などの関和亮監督作。
漫画家を夢見る高校生・林明子(永野芽郁)は、のんびり大らかな宮崎で、ぬくぬくボーと育っていたが、美大受験に備えて海岸沿いの絵画教室に通うことに。そこで出会った講師の日高健三(大泉洋)は、竹刀片手に「下手くそ!」「描(か)け!!」と、怒鳴りつけるモーレツスパルタ指導員だった。そこから明子と日高の濃密な、かつ紆余曲折たる師弟関係が始まることに。
全5巻からなる原作漫画は、東村さんの体験を基に、明子自身の挫折や成長が日高先生との交流を軸に、壮絶かつユーモラスに描かれています。映画はそこから2時間強に切り取っていますが、主演のお二人と、脇を固める俳優さんたちの名演もあって、秀逸な青春人間ドラマに仕上がっています。
ところでこの日高先生ですが、実在の画家です。本名は日岡兼三といって、宮崎を拠点に精密な絵を描き、陶芸や立体とかも手がける才人でした。
私ごとですが、私の父の故郷は宮崎県都城市で、兄が銀行勤めの傍ら絵を描いていて、同世代だった日岡さんと親友でした。2003年に57歳で亡くなられています。私も何度か日岡さんとお会いしていて、日南海岸近くの絵画教室を兼ねていたご自宅に泊めていただいたこともあります。出版社のパーティで東村さんとご一緒した折、日岡さんとの思い出をお話ししました。漫画で描かれたような強烈な個性の持ち主で、羽田空港でお会いした時、本当に下駄履きで飛行機から降りていらしたことを憶えています。
さて、今回の「ここを見ろ!」は作者自身の体験、関わった実在の人物を取り上げて描く際の心得、留意することです。
どのような作品を書くにしても、多かれ少なかれ、その作者自身が反映されるものです。それはそれとして、まったくのフィクションを創る場合と、作者自身の体験であったり、過去、生い立ちなどをあえて題材として、作品にする場合もあります。
脚本家志望者に「書きたいことがありますか?」と質問すると、「自身の体験や身内について書きたい」という答えが返ってくることがあります。それは「ぜひ、書いてください」と申し上げるしかないのですが、内容によっては、首を傾げることも。本人にとってはその体験が、特別なのでしょうが、まったく知らない他人には平凡な、ごく当たり前の逸話だったりする。
つまり、作者自身が客観的になれるか?
自身や題材、対象をことさら美化したり、その体験に特異性なり売りがあるか?
作者と違う世界に生きている他者が、その話題や体験をおもしろい、と思えるように作品化できるか?
『かくかくしかじか』は東山さんの自伝的な物語ですが、主人公の明子自身のだらしなさだったり、ダメさ弱さも正直に描かれています。そんな明子を叱咤激励するのが日高先生ですが、けっしてきれい事としても描かれていない。そうした正直さが滲み出るゆえに、日高先生との人間ドラマになっている。
それにしても、明子たち悩める絵画教室の生徒たちに繰り返し告げられる日高先生の「描け!」の言葉。これは絵画に限らず、あらゆる創作を志す者たちの胸にビンビンと響きます。それも心得ることこそ、対象をひたすら見て、ひたすら描く。デッサンを重ねることの大切さ。悩んでいる暇があるなら手を動かす。「描く!」。絵画のみならず、小説、脚本、あらゆる創作に共通する真理、極意でしょう。
東村さんの紡ぎ出す漫画は、そのデッサン力に裏付けられた絵の巧みさはいわずもがな、キャラクターの魅力と絶妙なストーリー展開に満ちています。基本で培われた、もの(人間)を見る眼が養われているからでしょう。
映画の公開に合わせて特別講座にお呼びしました。「東村アキコの根っ子」や作劇術についてじっくりとお聞きします。作品をご覧の上で参加してください。
とにかく「描け!」「描け~!!」です。
▼ワーナー ブラザース 公式チャンネル
映画『かくかくしかじか』本予告|2025年5月16日(金)公開
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-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その100
『国宝』捨てる勇気が名作を生み出す
本コラムの記念すべき100回目は、なんと邦画の記念すべき名作『国宝』。
観た人が一様に大絶賛。確かに、3時間弱という長さをまったく感じさせない。歌舞伎役者となった一人の男の怒濤の生涯を軸に、圧巻の舞台シーン、名場面を要所要所に展開させるおもしろさ。歌舞伎の世界を描いた映画としても、また芸道物としても日本映画の歴史に刻まれる名作の誕生です。
原作は吉田修一さん。
監督は『フラガール』や『悪人』の李相日さんです。なお、本コラム「その58」で脚本・監督作の『流浪の月』を取り上げました。
李監督自身も脚本を書くのですが、今回脚本を手がけたのは、『八日目の蝉』、アニメ映画『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』、テレビドラマ『わたし、定時で帰ります』など、売れっ子脚本家・奥寺佐渡子さん。
主人公の立花喜久雄を演じた吉沢亮さん、芸を競い合うライバルで友情以上の絆を結ぶ大垣俊介役の横浜流星さんの二人はもちろん、渡辺謙さん、田中泯さん、高畑充希さん、寺島しのぶさんらの俳優さんたちも素晴らしかった。
そうした絶賛の感想などは他にお任せして、ここでは奥寺さんの脚本についての「ここを見ろ!」です。
吉田修一さんの原作は上下巻の壮大な長編。3時間弱とはいえ、原作のテーマ性や世界観をしっかり踏まえ、エンターテインメントとしても一人の男の少年期から“人間国宝”にまで登り詰める老年期までを、まったく中だるみなく展開させる脚本の見事さこそをまずは讃えたい。
さて、たまたまネットで読んだのですが、数少ない批判的な意見として、“歌舞伎という男社会の物語とはいえ、全体に女性の描き方が薄い”といった主旨の評がありました。
そもそもの歌舞伎界出身で、名跡家の妻役の寺島しのぶさんの幸子こそ、家の存続とわが子への執着といった葛藤は片鱗として描かれていました。けれども、喜久雄と俊介それぞれを支えるミューズ的な高畑充希さんの春江、さらに喜久雄と関わる祇園の舞妓・藤駒(見上愛)や、名跡の娘・彰子(森七菜)などとの描き方、その後的な詳細はほぼ省かれていたかもしれません。
脚本は初稿を経て、さまざまな要因から何度かの直しを経て、決定稿となります。本作の脚本が、どのような直しの過程を経たかは知りません。
パンフレットに奥寺さんのインタビュー記事が載っています。そこに、“準備稿から第二~三稿あたりではもう少し風呂敷を広げていたんですよ。喜久雄のプライベートをもう少し描いていたり、春江たち女性陣の描写ももっと厚みがあったんですけど、俊ぼんとの関係性に的を絞っていって。原作には群像劇としての妙味がありますが、映画版の『国宝』では主人公の喜久雄の生きざまを見せるのだ、という道すじが定まってからはスムーズに書けた気がしています”と。
原作の脚色に限らず、オリジナルな題材であっても、書き手はどうしても捨てがたいエピソードや人物といった要素があって、それを無理やりに入れてしまったりします。
初心者のシナリオに多い欠点のひとつがこれ。結局、あれやこれやを詰め込みすぎて、何を描きたいかがはっきりしない、散漫で芯の通らない作品になってしまいがち。
上記の“女性の描き方が薄い”という評は、その通りかもしれませんが、本作が観客を感動させた最大の要因は、喜久雄という男の歌舞伎役者の生き方を描くために、俊介との関係性に絞り込んだことにあります。
特に原作がある場合などで「あれが入っていない」「原作をないがしろにしている」といった不満が出たりします。でも脚色者は覚悟を決めて、それらを捨てているのです。テーマ性、軸を定めたら、それ以外のおいしいネタとかでも思い切って捨てる。これができるかがプロとアマチュアの差かもしれません。
ところで本作、歌舞伎ファンでない人でも楽しめます。私自身、さほどは見ていないのですが、映画に登場するエンタメとして見せる演目、場面は知っています。「藤娘」「二人道成寺」「鷺娘」といった舞いの美しさ。
ただ、原作とは違うクライマックスとして使われた『曽根崎心中』は、いくらかでも予備知識として持っておくと、お初・徳兵衛の心情がより伝わるかもしれません。縁の下の徳兵衛にお初が素足で、という名場面の意味も。映画では1978年製作の増村保造監督版がオススメです。ネットとかでも見られるようですので。
ともあれ、じっくりと3時間を堪能してください。
▼東宝MOVIEチャンネル
『国宝』本予告【6月6日(金)公開】
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