脚本家でもあり小説家でもあるシナリオ・センターの柏田道夫講師が、公開されている最新映画や、DVDで観られる名作や話題作について、いわゆる感想レビューではなく、作劇法のポイントに焦点を当てて語ります。脚本家・演出家などクリエーター志望者だけでなく、「映画が好きで、シナリオにも興味がある」というかたも、大いに参考にしてください。映画から学べることがこんなにあるんだと実感していただけると思います。そして、普通にただ観るよりも、勉強になってかつ何倍も面白く観れますよ。
-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その97-
『ミッキー17』新しいSF映画とするためのアイデアの作り方
2019年、韓国映画でありながらアカデミー賞で作品、監督、脚本、国際長編映画を受賞、大げさではなく映画の歴史を変えた『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督の待望の新作『ミッキー17』です。
期待が大きかっただけに、久しぶりのこの新作に対して、賛否入り交じった感想があるようですが、私は始終ワクワクしつつ大いに楽しみました。
なによりジュノ監督が素晴らしいのは、常に違うテイスト、ジャンルの映画を出し続けていることでしょうか。長編デビュー作は、知る人ぞ知る『ほえる犬は噛まない』ですが、まるで無名の若手監督の名前よりも、主演女優のペ・ドゥナが印象に残っています。ただ、第2作の『殺人の追憶』の斬新さとサスペンス、続いての『グエムル 漢江の怪物』で、なんという度量の創り手が現れたのかと。
さらに『母なる証明』の母子愛の凄まじさを突きつけられ、(やや無理をしたかなと思わせつつ)こんなSFもできるという『スノーピアサー』を経て、登場したのが『パラサイト 半地下の家族』でした。この傑作については「映画のここを見ろ!」の第19回(※)で取り上げています。また、拙著ですが改訂版『エンタテイメントの書き方3 アカデミー受賞作に学ぶ作劇術』(※)で、詳しいハコ書き(構成表)とともに、おもしろさを分析していますので是非。
さて『ミッキー17』ですが、ジャンル的にはSFで、『スノーピアサー』的な氷に閉ざされた世界の空間限定型、さらに(『パラサイト』とも共通する)最下層階級が支配者層に反旗を翻すというテーマ性も同じではあります。
ただ、本作はスケールも拡大させ、着眼点としての新しさに満ちていました。そう、今回の「ここを見ろ!」は、このSF映画としての新しさ、切り口について。どうすれば新しいSFとできるか?
SFやファンタジー映画は、発想自由、(ある意味)何でもアリといえるジャンルでしょう。ただし、ここが難しさとも裏表かと思うのですが、何でもアリだからといって、好き勝手やっていいという意味ではありません。
このジャンルの作品(小説とかも)を見る際に、最大の評価ポイントがあるとすると、やはり「新しさ」のように思います。「こんな世界(映像)や設定は初めて見る!」「見たことがなかった!」と思わせてくれるか?
“SFファンタジー”とくくっても、分類不可能なのですが、例えば惑星探査とか、宇宙空間ものならば、その異空間の惑星なり宇宙を、どのような映像として展開してくれるか? 『惑星ソラリス』『2001年宇宙の旅』『スター・ウォーズ』、近年だと『DUNE/デューン 砂の惑星』みたいな。
本作は、氷の惑星に移住しようとする地球人の物語。原作はエドワード・アシュトンの『ミッキー7』。このタイトルに「+10」して「17」になっています。
主人公のミッキー(ロバート・パティンソン)は、地球での犯罪者逃亡生活に嫌気がさし、何度死んでも甦るミッションに応じて惑星移住計画に参加する。
ところがそれは、使い捨て人体実験要員(エクスペンダブル)と分かり、新惑星でひたすら死んでは生き返らされる地獄の生活を送るはめに。
そこからの意外性に満ちた展開はぜひご覧ください。
この何度死んでも甦る、という設定は、タイムリープものとかで近年多い。ホラーですが『ハッピー・デス・デイ』や、トム・クルーズが何度も生き返って戦う『オール・ユー・ニード・イズ・キル』など。このいわばファンタジー設定にプラスして、典型的な新惑星探査ものを持ってきているわけです。この氷に覆われた惑星の先住民の造形もすごい。ちなみにこの形状に関しては、日本人ならば誰もが思い浮かべるあれですが。
ともあれ、SFやファンタジーで初心者が陥りやすい最たる欠点こそ、(本人は新しいと思っているけど)実は使い古されたアイデア・設定だということ。
それを回避する手段として、違うアイデア・設定を掛け合わせる、プラスすることです。本作ならば、何度死んでも生き返る「タイムループ」「複製人間」(それも突発事項から2人になってしまう)、これに「(地球人こそが)未知の世界の侵略者となり害を及ぼす」という古典的テーマを掛け合わせて、SFスペクタクル大作にしている点。
皆さんが書こうとしているSFあるいはファンタジーでも、それに何か別の設定をプラスしてみるのです。組み合わせは無限です。そこから新しいアイデアが生まれるかもしれません。
※『エンタテイメントの書き方3 アカデミー受賞作に学ぶ作劇術』
▼ワーナー ブラザース 公式チャンネル
映画『ミッキー17』日本版予告 2025年3月28日(金)公開
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-柏田道夫の「映画のここを見ろ!」その98
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』長セリフをどう書くか?
公開されてしばらく経ちますが、ぜひ見てほしい青春映画の佳作『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(以下『今日の空が~』)を取り上げます。
2020年にコント職人ジャルジャルの福徳秀介さんが小説デビューした同名作を、『勝手にふるえてろ』や『私をくいとめて』などで、独特のタッチと感覚で脚色・演出した大九明子監督が映画化。この両作の原作者は綿矢りささん。原作の世界を活かしつつ、巧みに映像世界と変換させています。
『今日の空が~』とも共通する要素かと思わせるのは、主人公たちが、今の時代を生きる人物だけど、世の中との折り合いのつけ方が下手で、でもそれゆえに愛おしいと思わせる共感性を備えているというところでしょうか。
関西大学で冴えない毎日を送る小西徹(萩原利久)は、大学でも友人といえるのは一人だけ。その小西はやはりいつも一人きりで、頭をダンゴに結っている桜田花(河合優実)を気にしていて、ようやく話しかける機会を得る。小西は銭湯の閉店後の掃除のバイトをしていて、その仲間のさっちゃん(伊東蒼)とは気さくに語り合える。
そうしたいかにも現代的な、若者の恋や友情が丁寧に描かれるのですが、前半のスケッチ的な日常から、後半になると思わぬ展開へと進んでいきます。できるだけ細かい情報は入れずに、まっさらな状態で見てほしい。
さて、今回の「ここを見ろ!」はセリフ、それも上記の3人それぞれに1回ずつ割り当てられた長セリフについて。
その前に。一見すると長ったらしいタイトルですが、これも劇中に登場する、とても象徴的なセリフから取られています。
桜田花とウマが合い会話を交わすようになる小西ですが、花の「毎日楽しいって思いたい。今日の空が一番好きって思いたい」と告げた言葉が、半年前に亡くなった大好きだった祖母が言っていたことと偶然同じだった。でも鬱々とした毎日を送る小西は、空を見てもなかなかそう思えない、という意味です。
さて、この映画には終盤に、まず銭湯でのバイト仲間さっちゃんが、小西を前に延々と告白をする長セリフがあります。それからクライマックスに桜田花の、そして最後に小西自身による長セリフがあって、このセリフが素晴らしく、まさに三人の主要人物に、この長セリフを語らせるための脚本だった、と思えるほどの名場面となっています。
伊東蒼さん、河合優実さん、萩原利久さんの三人の俳優さんの力量があってこそなのですが、脚本家が書いたセリフ(しかもこんなに長いセリフを!)を、これほど見事に語ってくれた。脚本家はまさに本望ですし、おそらく「脚本家になってよかった!」と実感できる瞬間といえます。
ちなみにこの三人による三つの長ゼリフは、パンフレットに再録されていますので、ぜひ買って、見終わってからもう一度噛みしめてください。
ところで、この長セリフに関して、シナリオ・センター創設者の新井一先生は「(映像芸術の場合は)長セリフは危険だ」と述べていらして、“三行ストップ”という言葉も残されています。つまり3行(60字)以上になる長セリフを、初心者は書かないように心がけるべきだ、という警告です。
ただし、これは「長セリフを書くな」という意味ではありません。
生きた人物のセリフを書くことに慣れていない初心者が、長セリフを書くと、どうしても間延びした説明セリフになりがち。それも長いセリフを人物が語っている間、映像(カメラ)は何を映しているかがおろそかになってしまう。そうならないために、3行くらいのセリフを書いたら、そこで一旦ストップしてみて、聞いている相手のリアクションだったり、映像として単調になっていないかを考えろ、という意識を持ちなさい、という意味です。
脚本家はいかに、登場人物に活きたセリフを語らせるか?
セリフは人物の性格だったり感情・思いを表すだけでなく、物語を進めたり、情報を与えたりする役目を担います。
それを観客・視聴者にいかにも「説明」と感じさせたらアウトです。生きた人物の感情がほとばしり、情緒を醸し出し、観客の心を揺さぶるセリフとできるか、がまさに脚本家の力量が発揮されるところだったりします。しかもけっして、書かれたと感じさせない人間の言葉になっているか。
そんなセリフの書かれた脚本を渡された俳優さんも、全身全霊でその人物になりきるはず。長セリフもここまで磨かれていれば素晴らしい。その実例としてこの映画を見てほしい。
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【本予告】映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』4月25日全国公開
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