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代表 小林幸恵が毎日更新!
表参道シナリオ日記

シナリオ・センターの代表・小林幸恵が、出身ライターの活躍や業界動向から感じたことなど、2006年からほぼ毎日更新している日記です。

ひとごころ

青春ドラマ★夢伝説(ちくま文庫刊)

おいてけぼり

シナリオ・センター代表の小林です。大雨から一転して猛暑の東京ですが、沖縄では台風が接近しているとのこと。
どんどん気候も社会も今までの常識からかけ離れていくようで、すべてが混沌としてきている気がします。
それにしてもこんな暑さの中、オリンピックを開催して大丈夫なのでしょうか。
コロナの蔓延もさることながら、猛暑というすごいものもプラスされて大事に至らないとよいのですが。
夏の開催はコロナ前から危ぶまれていたけれど、そういえばこれもIOCに押し切られて、夏開催になって、東京では無理というので仕方なくマラソンは札幌になったんでしたっけ。
やれやれ~、あまりに色々なこと次から次へと押し寄せてくるので、もう遥か昔のことのように思えます。

高齢の方は(私もその一人ですけれど)「過去はこうだったから大丈夫、やればできる」と考える方が多いように思うのですが、私だけでしょうか。
気候も、動き、考え方も変わってきていることに気がつかない。
その上、いいところだけ覚えていて、失敗したところとかはスルーしてしまう傾向があるように思います。
経済界などはその骨頂で、敗戦から右肩上がりに高度成長してきたことへの自信が、必死にやればまた右肩上がりになるとか精神論のみが残っているから始末が悪い。
政治も経済界もオリンピックも、わからんちんの高齢の方々の仕切りで回っているのですからどうしようもありません。
精神は大事な根幹ですが、精神論だけでは生きられないし、時代の移り変わりに敏感でないとおいてけぼりになります。
もはや「おいてけぼり」になった人たちが、日本を動かしているのですから、どんなホラーよりも怖いです。(笑)
これ以上何も起こらないことをただただ願うばかりです。

青春ドラマ★夢伝説

昔が悪いわけではありません。
昔、過去をどうとらえて、今を生きていくかはその人次第です。問題は人ですね。
戦争や原爆の語り部の方々には続けていただき、私たちに繋いでいただきたいと思いますし、生活の中でのおばあちゃんの知恵袋も大切で、教えを請いたいと思います。

テレビドラマの黄金時代を築いた日本テレビのドラマの神様岡田晋吉プロデューサーのお話は、昔話ではなく、ドラマの創り手としての在り方を教えてくれています。
「青春ドラマ★夢伝説」(ちくま文庫刊)がでました。
ドラマ好きなら知らない人はいない伝説のドラマをたくさん作られていらっしゃいます。
「青春とはなんだ」「これは青春だ」「俺は男だ!」「飛び出せ!青春」「太陽にほえろ!」「俺たちの勲章」「俺たちの旅」「いろはのい」「俺たちは天使じゃない」「あぶない刑事」etcetc。
岡田プロデューサーは、ドラマ制作の旨さもそうですが、なにより役者さんも脚本家も新人を育てるのがうまく、シナリオ・センター出身の脚本家も顔柏原寛司さん初めたくさん輩出してくださいました。
あとがきを鎌田敏夫さんが書かれていらっしゃいますが、鎌田さんもそのおひとり。
市川森一さんがデビューされた「怪獣ブースカ」のプロデューサーでもいらっしゃいます。

何故、多くのヒット作が生み出すことができたのかというと、私はひとえに岡田プロデューサーのお人柄に負うところが多いように思います。
コミュニケーション能力というのでしょうか。
脚本家、監督、俳優さんたちとよくコミュニケーションをとられ、ぞれぞれの方の特性を見抜かれて、それを活かして創っていらっしゃる。
だから、中村雅俊さん、松田優作さん、竜雷太さん、岡田可愛さん、松本めぐみさん、吉沢京子さん、森田健作さん等など枚挙にいとまないほどの新人をスターにしてきたのだと思います。。

こんなエピソードがあります。
「これが青春だ!」の企画時、前作ヒットした「青春とはなんだ!」の主役の夏木陽介さんが映画と重なって、降板となってしまったそうです。
前作の主役がいないシリーズ、この企画は没になりかかりました。
その時、脚本家の須崎勝也さんが「前作が成功したのは、役者だけの手柄ではない。俺たちの描いた脚本の力も大きかった筈だ。俺たちが頑張るから、このシリーズを続けよう」と力強く言い出され、井出俊郎さんが「ドラマは脚本の力で、良くも悪くもなるんだ。やってみようよ」と。
夏木さんのNGのおかげで脚本家の結束が固まったのですが、現実は厳しく会社(日本テレビ)からはサンドバッグのように叩かれたそうです。
しかも主役級の役者は捕まらず、新人の竜雷太さんを抜擢し、スポンサーに頭を下げて許諾してもらったとのこと。
で、ヒットした、竜雷太さんはスターに。
岡田プロデューサーはこの時の経験が私の「物づくりの原点」になった気がすると書かれています。

このエピソード一つでおわかりいただけると思いますが、ドラマは、もちろん役者さんだけでできるものではなく、脚本家、監督、スタッフとともに一丸となって創りあげるもの、ともに作ることの喜びを感じられる方がドラマ作りに向いていると言えますね。
この岡田さんの姿勢こそは、今もプロデューサーのみならず脚本家も学ぶべきものではないでしょうか。
須崎さん、井出さんの脚本家としての矜持も学びたいものです。
テレビドラマ全盛期を作りあげたプロデューサーのお話は、昔を語りながら、今を語っています。
ドラマ作りの神髄を知りたい方は、是非ともお読みください。

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